2026年01月26日
【知的生産術】『翻訳者の全技術』山形浩生

翻訳者の全技術 (星海社 e-SHINSHO)
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、昨日取り上げた「冬電書2026 星海社オススメ作品一気読みフェア」からの注目作。翻訳家として広く知られる山形浩生さんが、ご自身の知的生産術について明かした1冊です。
アマゾンの内容紹介から。
文学・経済・ITなど多彩な分野に通暁し、累計150冊以上の訳書を持つ博覧強記の翻訳家が翻訳術から読書論、勉強法まで語る知的生産のすすめ!
中古は値崩れしていますが、このKindle版が300円弱お得な計算となっています!

【ポイント】
■1.順番通りに翻訳するわけではないが、それはさておき、ぼくは翻訳でもまず最初と最後をやり、次に間のおもしろいところを見つけてチマチマやっていくことが多い。すると、いつの間にか半分くらい訳が終わってしまうので、ここまで訳したなら残りも暇があればやってしまおうという気分になって、一冊の翻訳ができあがる。そういえば、ケインズの『雇用、利子、お金の一般理論』も、最初と最後の有名なフレーズをたくさん訳し、その間をつないでいったら結構なボリュームになってきたので、「残った地味なところも力ずくでやるか」と仕上げて一冊の翻訳にしてしまったっけ。
他の本でもそうだ。なんだかここんとこおかしいな、と思うところがあると、原文を見て「そこはこうだろ」と自分なりの改訳を作ってみる。あちこちそういうところが出てくると、章単位、節単位で改訳ができる。その間を埋めるうちに、世の中の変な翻訳やおかしな解釈に対して「いや、そうじゃないでしょ、こうだよ」と言おうとして一冊が翻訳できてしまう。ぼくが手がける翻訳というのはそういうものも多い。
■2.翻訳は読者と著者の、常識の擦り合わせ
また、ある短編を読んでいたら、主人公の女の子が「ブラーというバンド」の音楽を聴いていたという一節があった。この書き方からわかるのは、おそらくその著者はブラーを知らなかったか、少なくとも読者がそれを知っているという確信がなかった、ということだ。たぶん「ビートルズというバンド」とは書かなかっただろう。A子はビートルズを聴いていた、と書いてそれでおしまいだろう(いまやひょっとしたら、ビートルズにも説明がいるのかもしれないけれど)。2025年の日本では、『鬼滅の刃』や「禰󠄀豆子」と前置きせずにいきなり書いてもみんなに通じるだろう。だが、その文章をアラビア語に訳すとしたら、『鬼滅の刃』の知識を前提にはできないかもしれない。「日本の漫画の」とか「鬼に変えられたけれど人は喰わないヒロインの」など説明を付け加える必要も出てくるのかもしれない。(中略)
要するに翻訳というのは、読む人にとっての常識と、書く人(たいがいが昔の人だ)の常識をうまく 擦り合わせる作業でもあるのだ。
■3.新しいテーマの本の読み方
それは小説に限った話じゃない。たとえばプーチンについて知りたいなら、まずプーチンについて書かれた本にどんなものがあるかを調べてみる。そしてまず一番薄いものにざっと目を通して、大体こんなことをした人なんだ、と見取り図を頭に入れる。次に一番分厚い本を読んで、それぞれのトピックを一通り詳しく見てみる。こうすると、その後に読むプーチン本のポイントは、薄い本で得た概略のおかげである程度は見当がつく。そしてその分厚い本でいろいろ細かいネタは知っているから、いま読んでいる本がそこからどういうストーリーを選んだのか、それは何を考えてのことなのかがわかり、その著者が何をしたいのかが見えてくる。「この本はこういう方向性であのテーマを攻めたいんだな」とか、「この辺のネタは都合悪いからネグってるな」という要領だ。こうして読み進めていくと、その分野の土地勘みたいのができてくる。プーチンのドレスデン駐在時代のエピソードを細かく読む必要もない。
■4.積読の有毒性について
いつか、読む──それは決して空約束ではない。本当に読むこともあるだろう。それは本当の意味でのオプションだ。そしてオプション理論では、オプションはなるべく先送りするのがいいことになる。
だが、それは時間が無限にあるときだ。自分の時間が無限にはない場合、最後まで行使せずに持っていることに意味はない。価値があると思っているそのオプションには、実は何の価値もないのだ。それを行使できる時間=可能性の減少にともなって、その選択肢の価値はどんどん下がるのだ。死ぬ間際、何千冊もの積ん読にあったはずの、選択肢だの広がる妄想世界だのはすべてなくなっている。
そして、それは別に市場か価格にあわせて変動するものではない。その保有者の寿命からくる制約だ。積ん読している人々は、自分がそれを読むことはなく、そのオプションを行使することがないのをほぼ知っている。そうなったらもはやその積ん読は、何の意味もない無価値なものだ。
■5.現地を知っておくことの優位性
東南アジアへの旅行は、趣味と実益を兼ねてもいた。この章の冒頭に書いた、闇でレポートを売っているベトナムの書店で、「ベトナムの次はミャンマーだ」という情報を聞いた。ミャンマー関係の資料の多くはベトナムと同じ機関が作っていたので、最新の動向についての報告書もかなり流れていた。
実際ミャンマーに行ってみると面白い場所で、次のプロポーザル(提案書) はミャンマーで書いた。ミャンマーに行ったことを実績としてプロポーザルに書けるわけではないけど、国のイメージが頭の中にあると、何か考えるときの取っ掛かりをつかみやすくなる。仮にミャンマーの電力問題に取り組むとして、ミャンマーのホテルに泊まって電力事情を知っているのとそうでないのでは雲泥の差がある。交通政策を考えるなら、実際に道路を歩いたり自動車の修理工場を見たりした経験が役に立つ。カンボジアやラオスあたりでも、こういう趣味と実益を兼ねた旅ができた。
【感想】
◆下記参考記事にもあるように、過去、当ブログでも何冊か翻訳家さんの作品をご紹介したことがありました。それらは版元の意図等もあってか、英語絡みのお話が多かったものの、本書ではほぼほぼなし。
もちろん、翻訳するにおいて、ある英単語に対する訳語に何を選ぶか、という論点については、著者の山形さんも触れられています。
ただし、主に言及しているのはむしろそれ以外の部分。
たとえば上記ポイントの2番目にあるような、「常識」のラインをどこに引くか、という部分も大きいでしょう。
さらに、原著自体が読みにくい作品の場合、山形さんは「原著に忠実に」読みにくく翻訳しているのだそうです。
普段アマゾンレビューで、「翻訳が下手」等の指摘を見かけることがありますが、原著と比較して「翻訳が下手」と言っている人はあまりいないでしょうから、こういった可能性も考慮しなくては。
◆一方その翻訳スタイルも山形さんは異例のような。
上記ポイントの1番目で「最初と最後をやり、次に間のおもしろいところ」と言われていますが、こんな翻訳家さんはあまりいないと思います。
そもそも、版元から依頼があって仕事として翻訳するのではなく、趣味の延長のような形でも翻訳されていた時期があった模様。
というのも、山形さんは本業(開発援助の仕事)があって、翻訳業はメインではないのだそうです。
……こんなに有名でも本業ではない、というのもすごいですが。
ちなみに、当ブログでご紹介している山形さんの翻訳作品はこれだけのようです。

論理で人をだます法
参考記事:あの芥川賞作家もびっくり 驚愕の『論理で人をだます法』(2012年02月14日)
なお、これらのポイントを抜き出した本書の第1章の最後の方では、「記憶に残る翻訳家」と題して、他にも有能な翻訳家さんが多数登場しますので、こちらも要チェックで。
◆続く第2章は読書がテーマであり、上記ポイントの3番目もそこからのものになります。
あるテーマで、最初に薄い本を読む、というのは、結構類書でも言われますが、「次に一番分厚い本を読む」というのは、初めてかも。
この辺は、簡単な土地勘が付いたら、全項目をひととおり押さえて、後は肉付けする、みたいな感じなのかもしれません。
山形さんいわく
普通の本だって、取扱説明書のように自分の用途に必要なように読めばいいのだ。ぼくは、だいたいの本を「この人は何が言いたくて本を書いたのか」を理解するための説明書として読んでいるとのこと。
生産性を上げるためにも、このアプローチは見習いたいところです。
◆さらに同じ第2章で多くのページを占めたのが、私にとっても懸案の「積読」でした。
そうなんです、私はもうそこまで時間がないので、むしろ過去に積読したものを何とかしなくてはならないわけで。
特にセールで激安設定になっていると、「これは買わなきゃ損」とばかりにクリックしてますが、リアルの本と違ってKindleの場合、目につくところに置いとくなんてできませんから、忘却の彼方なんですよね。
なお、本書ではこの「積読」の解消法についても触れられていますので、ご参考まで。
ただし、このうちの「古本屋に放流」というのは、私のようなKindle派には使えませんので、そのまま放置(心を鬼にして削除?)ですね。
◆なお、上記ポイントの5番目は、本書の第3章の「好奇心を広げる技術」から引用したもの。
この章ではこれまでのようなはっきりしたテーマはないのですが、とにかく海外でのお話が多めです。
私もかろうじて学生時代に欧州、会社員時代にハワイ、子どもが小さい頃にグアム、と海外旅行の経験がありますが、今の若い方はレートの関係もあって、あまり海外に行かないんでしょうね。
さすがに入社面接や、その後の仕事で、ピンポイントで役立つことはめったにないでしょうけど、さすがに海外渡航はしておいた方が、その後の人生にプラスになると、老婆心ながらに私は思うのですが……。
色々と学びの多い1冊でした!

翻訳者の全技術 (星海社 e-SHINSHO)
第1章 翻訳の技術
第2章 読書と発想の技術
第3章 好奇心を広げる技術
【関連記事】
あの芥川賞作家もびっくり 驚愕の『論理で人をだます法』(2012年02月14日)【自己啓発】『英米の名著から翻訳家が発見! 世界の一流は朝・昼・晩に何をしていたのか』宮崎伸治(2025年08月27日)
【英語】『ぼくは翻訳についてこう考えています〜柴田元幸の意見100』柴田元幸(2020年07月09日)
【英語】『翻訳地獄へようこそ』宮脇孝雄(2018年09月13日)
【英語】『同時通訳者のここだけの話ープロ通訳者のノート術公開ー』関根マイク(2019年09月27日)
【編集後記】
◆本日の「Kindle日替わりセール」から、お手頃作品をご紹介。
M 愛すべき人がいて (幻冬舎文庫)

日本一やさしい経営の教科書―――とにかくシンプルで結果が出る画期的な経営入門書

印刷ボーイズは二度死ぬ 業界あるある「トラブル祭り」2

改訂版 金利を見れば投資はうまくいく

副業は看板広告で稼ぎなさい――スマホとパソコンで誰でも手間なく月10万円

あした死ぬかもよ? 人生最後の日に笑って死ねる27の質問:限定カバー せきやよい Ver.
今回はKindle Unlimited本が多かったので、この程度ですがお許しを。
【編集後記2】
◆一昨日の「話のネタになる、雑学本オール398円均一セール」の記事で人気が高かったのは、この辺の作品でした(順不同)。
「エブリシング・バブル」リスクの深層 日本経済復活のシナリオ (講談社+α新書)

一生モノの英語力を身につけるたったひとつの学習法 (講談社+α新書)

この間取り、ここが問題です! (講談社+α新書)
ご参考になりましたら……。
この記事のカテゴリー:「ビジネススキル」へ
「マインドマップ的読書感想文」のトップへ
スポンサーリンク
当ブログの一番人気!
2月12日まで
Kindle月替わりセール
年間売上ランキング
月別アーカイブ
最近のオススメ
最近の記事
このブログはリンクフリーです




