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2023年12月21日

【敬語】『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』椎名美智


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「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ (角川新書)


【本の概要】

◆今日ご紹介するのは、現在開催中である「KADOKAWA 知識教養 新書・文庫フェア」の中でも、個人的に読んでみたかった1冊。

私自身、業務用メールでは多用している「させていただく」について深く掘り下げた作品です。

アマゾンの内容紹介から。
「させていただく」は正しい? 現代人は相手を敬うためでなく、自分を丁寧に見せるために敬語を使っていた。明治期、戦後、社会構造が変わるときには新しい敬語が生まれる。言語学者が身近な例でわかりやすく解説。

中古が値崩れしていますが、送料を加味すればKindle版に軍配が上がります。





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【ポイント】

■1.上下関係とは異なるタイプの敬語
 モノやお金など、価値のあるものは、上位者から下位者へと与えられるのが普通なので、「先輩に美味しいお店を紹介してもらった」は普通に言えますが、逆の場合、「先輩に美味しいお店を紹介してやった」は粗野な感じがするし、「してあげた」も恩着せがましく聞こえます。さらに敬語のレベルを上げて「紹介してさしあげた」に変えてみても、話し手が気取っているとしか解釈できず、今はちょっと使えない感じがします。自慢話やマウンティングをするのでないかぎり、自分が目上の人よりも上位に立つような表現は、はばかられるからです。
 では、そういう場合、どのように言えばよいのでしょうか? 「させていただく」の出番です。「させてもらう・いただく」を使って、「紹介させてもらう・いただく」にすると、不遜な感じが薄れます。行動の許可をありがたく受け取っていることになるからです。


■2.使い方によって評価が異なる「させていただく」
●レベル1 違和感1.94  [必須性+][使役性+]
(1)では、ご契約内容について説明させていただきます。
(2)受講票を確認させていただきます。
【解説】「説明する」「確認する」行為は、相手の存在や関与が必要で、なおかつ相手の許可がないと実行できないので、「させていただく」との親和性が最も高く、違和感は低い値が出ています。(中略)
●レベル4 違和感3.90  [必須性−][使役性−]
(8)素晴らしい演技に感動させていただきました。
(9)このたび、◯△大学を卒業させていただきました。
(10)エッセイコンテストで受賞させていただきました。
【解説】「感動する」「卒業する」「受賞する」行為には、聞き手の関与は全くないし、聞き手の許可がなくても可能な行為です。話し手が自分の意思でできる行為なので、この一〇個の例文の中では、最も高い違和感になっています。したがって、これらの動詞は「させていただく」との親和性が最も低いわけです。


■3.政治家は「させていただく」をよく使うのか
「政治家は『させていただく』をよく使うと言われているが、本当かどうか調べてほしい」と、ある放送局の方に依頼されました。その時は時間がなくて調べきれませんでした。そこで今回リベンジとして改めて調べたところ、特徴がいくつか浮かび上がってきました。
 この本の調査で使った部分コーパス(Bコーパス)に縮小する前の『現代日本語書き言葉均衡コーパス』全体を使って、「させていただく」を調査しました。このコーパスには、雑誌や新聞など一一のジャンルの書き言葉テキストが均等に集められているのですが、国会議事録の「させていただく」使用は他と比べてとても多く、すべての「させていただく」使用数の半分近く(46.6%)を占めていることがわかりました。2番目に多いのがブログ(15.5%)、その次が出版書物(10.2%)です。これらの数字を見るだけでも、国会議事録でどれだけ多く使われているのかがわかります。


■4.インフレした敬意を距離感で調整
 相手に失礼でない話し方をしようとすると、どうしてもたくさんの敬意表現を使うことになります。結果的に、対話者間の繋がりや親しさを表現できなくなって、少し不自由なコミュニケーション状況に陥ります。「させていただきます」は、そうした距離感の中にあって、「させて」と相手の許可に言及することによって、相手へ手を伸ばそうとする気持ちが話し手にあることを示すと同時に、「いただく」という遠距離効果の言葉で距離感を取り戻すことによって、微妙に人々の間の距離感を調整することができます。特に、相手に関係する動詞と一緒に使って距離が縮まりそうな時には、「させていただく」によってしっかりと距離を取り戻すことができます。そうした微妙な距離感操作が簡単にできることが、伝統的な敬語に代わる表現として使われる理由ではないかと思います。


■5.「表敬」から「品行」へ
「表敬」は、話し手から聞き手へと伝えられるもので、聞き手のフェイスに焦点が当たっています。一方、「品行」は、話し手が周りの人に示すもので、話し手のフェイスに焦点が当たっています。(中略)
 ここで「させてくださる」と「させていただく」に込められた「敬意」について、ゴフマンの考え方を取り入れて考えてみましょう。「させてくださる」は「あなた」を主語として敬語の対象としているという点で、聞き手への敬意を表現する「表敬」の敬語です。一方、「させていただく」は「私」が主語になっているので、話し手の謙譲の気持ちを表現する「品行」の敬語です。そのように考えると、時代の中で「させてくださる」から「させていただく」にシフトしてきたことの裏側には、敬意の表し方が「表敬」から「品行」へとシフトしてきたことが潜んでいると考えたくなります。


【感想】

◆今回、新書とは思えないくらいハイライトを引きまくりました。

やはりこういう、日本語を掘り下げた作品というのは、日頃自分が接している分野だけに興味もひとしおです。

特に冒頭で触れたように、私自身、気をつけないと仕事のメールでは「させていただく」を使いまくり。

ただ、ご存じのようにこの「させていただく」は、賛否両論(やや否が優勢)でして、使い方には少々注意が必要です。

そこで本書の第1章では、街中のさまざまな「させていただく」が入った用例を画像で紹介し、それらに対して著者の椎名さんが寸評を加える仕様。

……なるほど、是非はさておき、世間的にこんなに使われているなら、普通に使っても良いような(ダメ?)?


◆続く第2章では、「させていただく」の構造や、歴史について言及されています。

かつてのがっちりした上下関係とは異なり、現代の民主的な世界では、基本的にはフラットな横の関係が広がっていますから、それに適した敬語が必要とのこと。

そこで上記ポイントの1番目にあるように「させていただく」がスポっとハマるワケです。

またこの章の後半では、「させていただく」が出現する以前には、どのような言葉が使われていたかを検証。

椎名さんによると、15世紀から現代までの間で、次のような順で出現したのだそうです。
「てくれる」⇒「てくださる」⇒「てもらう」⇒「ていただく」⇒「させていただく」
もちろん、「させていただく」が今ブームなのには、時代のニーズも関係しているのですが、詳細は本書にてご確認ください。


◆一方第3章では、人々が「させていただく」に違和感を持つ理由を探っています。

具体的には年齢層の異なる700人に対して、10個の「させていただく」文例を読んでもらい、5段階評価で違和感の大きさを回答してもらうというもの。

本書では10個すべて掲載されていますが、そのうち、もっとも違和感がないレベル1と違和感が大きいレベル4を、上記ポイントの2番目として紹介させてもらいました。

確かにレベル4は、私でも違和感ありまくり。

逆にレベル1は、私がメールで使っている文言と大差ありませんから、私はこの辺は「アリ」だと思っていました。

ところが、敬語の講演会で受付の人に「受講票を確認させていただきます」と言われた年配の男性が激怒したのを、椎名さんは目撃したことがあるのだそうです。
 受付の人が「受講票を見せてください」と依頼形で言っていたら、彼もあそこまで腹を立てなかったかもしれません。「いただく」と言って相手と関わろうともせず、業務を遂行していくだけというニュアンスが不愉快だったのではないかと思います。
な、なるほどー。


◆さて、第4章では、時代を区切って「させていただく」を分析。

Aコーパスは1852年から1956年まで、Bコーパスは1976年から2005年までの、新聞、雑誌、書籍等の合計17万件にのぼるデータベースになります。

実際、AコーパスよりBコーパスの方が、有意に「させていただく」の出現が多いのですが、単純な量の比較に留まらず、「どんな動詞が使われているか」を初めとして、多角的に追及されていました。

その中でも興味深かったのが、上記ポイントの3番目の政治家の使用頻度の多さです。

私も確かに、国会の答弁ではよく耳にした記憶が。

さらに上記ポイントの4番目では、「させていただく」の距離感調整能力に注目しています。

実は敬語は使い過ぎると「敬意がすり減り」、最後には横柄に感じられたりするのだとか。

そこで「させて」で相手に歩みよりつつも、「いただく」で距離をとることで、適切な位置に収められる次第です。


◆そして最後の第5章では、「日本語コミュニケーションのゆくえ」と題して、今後の方向性についても言及。

冒頭の内容紹介にもあるフレーズ「現代人は相手を敬うためでなく、自分を丁寧に見せるために敬語を使っていた」というのをあらわしているのが、上記ポイントの5番目になります。

椎名さんによると「させていただく」は、「相手に敬意を向ける謙譲語ではなく、自分の丁寧さを示す丁重語として使われていると考えた方がよい」とのこと。

さらには、「させていただきます」に「ね」を加えた、「させていただきますね」なる用例も最近では登場。
これは言い切り形のそっけなさを補うために加えられたものでしょう。また、「させていただいてもよろしいでしょうか」と疑問文にする形も、最近よく耳にします。共感の「ね」は近接化作用があるし、疑問形も決定権を相手に 委ねているので、同じく近接化を図る試みです。このように、人々は「させていただく」の後ろのニュアンスを変えて、近接化効果を使って言い切り形のそっけなさを緩和しているようです。
まだまだ「させていただく」は進化していきそうですね。


「させていただく」を使ったことのある方なら要チェック!

B09NVC6RW6
「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ (角川新書)
第1章 新しい敬語表現――街中の言語学的観察
第2章 ブームの到来――「させていただく」の勢力図
第3章 違和感の正体――700人の意識調査
第4章 拡がる守備範囲――新旧コーパス比較調査
第5章 日本語コミュニケーションのゆくえ――自己愛的な敬語


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【編集後記】

◆本日の「Kindle日替わりセール」から。

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