【経営】『日本の電機産業はなぜ凋落したのか　体験的考察から見えた五つの大罪』桂幹:マインドマップ的読書感想文

2023年06月20日

【経営】『日本の電機産業はなぜ凋落したのか　体験的考察から見えた五つの大罪』桂幹

日本の電機産業はなぜ凋落したのか　体験的考察から見えた五つの大罪 (集英社新書)

【本の概要】

◆今日ご紹介するのは、現在開催中である「集英社ポイント還元キャンペーン」の中でも、個人的に読んでみたかった1冊。

著者の桂さんとほぼ同世代で、似たような業界にいた私にとっては、ある意味他人ごとではありませんでした。

アマゾンの内容紹介から。

かつて世界一の強さを誇った日本の製造業。
しかし、その代表格である電機産業に、もはやその面影はない。
なぜ日本の製造業はこんなにも衰退してしまったのか。
その原因を、父親がシャープの元副社長を務め、自身はＴＤＫで記録メディア事業に従事し、日本とアメリカで勤務して業界の最盛期と凋落期を現場で見てきた著者が、世代と立場の違う親子の視点を絡めながら体験的に解き明かす電機産業版「失敗の本質」。
ひとつの事業の終焉を看取る過程で２度のリストラに遭い、日本とアメリカの企業を知る著者が、自らの反省もふまえて、日本企業への改革の提言も行なう。
この過ちは日本のどこの会社・組織でも起こり得る！
ビジネスパーソン必読の書。

中古に送料を足すと定価を上回りますから、このKindle版が400円弱お買い得です！

Walkmans / Marcin Wichary

【ポイント】

■1."三高信仰"の罠

　デジタル化が広がる中、製造業には迷いがあったのだろう。アメリカ企業のように自前主義を捨て、水平分業を目指せば、製造現場で働く社員の大量解雇が避けられない。かといって汎用品の大量生産では、韓国や台湾の新興勢力にコストで負けてしまう。技術大国ニッポンとしてのプライドを引きずりながらたどり着いた先は、高品質、高性能、それに高付加価値こそが日本の製造業の強みだ、とする結論だった。利幅の小さな汎用品を大量生産する「製造」ではなく、利幅の大きな付加価値製品を作る「モノづくり」こそが、日本企業に相応しいと考えたのだ。
　多くの人が、高付加価値、高品質、高性能な製品であれば、価格が多少高くてもユーザーに今まで通り受け入れてもらえると信じた。いわば〝三高信仰〟だ。「安くてよいものを作れば必ず売れる」というアナログ時代のドグマ（教条）が、「よいものを作れば必ず売れる」に変わっていた。

■2.成功体験から抜け出せない

　台湾企業は企業間分業を徹底的に活用した。設備、材料は外国企業から調達し、販売に関してはOEMに集中することで、金と手間がかかる自社ブランドの立ち上げを回避した。要するに、製造だけに集中したのだ。レポートは、この企業間分業の功罪を明確にすることで、結論を迎えている。
　このレポートから見えてきたのは、台湾が国家戦略の一環として強化していた技術力を、簡単にはモノにならない、と見くびっていた私たちの危機感のなさだった。アナログ時代の成功体験から抜け出せず、新たな脅威の登場に鈍感なまま、根拠なき楽観に浸っていたわけだ。今になれば、なぜちゃんとやるべきことをやらなかったのか、不思議に思えてならない。そんな当たり前のことさえできなくなるのが、慢心の恐ろしさだった。

■3.イノベーションと「選択と集中」は、親和性が低い

　計画的にイノベーティブな製品を開発するのは難しい。NAND型フラッシュメモリーやポスト・イット、電卓も、1つ間違えば日の目を見る機会さえなかったかもしれない。これらの成功例に共通しているのは、それぞれの組織に余裕があることだ。傍流の研究を続けさせた東芝、個人の裁量を許した3M、黙ってお上に従うことをよしとしなかったシャープ。どの組織にも、時間的、金銭的だけでなく、精神的な余裕を感じる。もし、それぞれが「選択と集中」の徹底されていた組織であったならば、異端の技術者は排除されていただろうし、出来損ないの接着剤に時間を費やすことは許されず、通産省に認められなかった事業は早々に棚上げになったはずだ。このように、イノベーションと「選択と集中」は、親和性が低いのだ。

■4.立ち位置を明確にしてリスクを取る覚悟

　アメリカで勤務していた時の現地法人の社長は少々血の気の多いアイリッシュ系アメリカ人で、日本人の感覚からすると、何事も単純化しがちな人物だった。
「何で日本人は、いつも白黒ハッキリさせないんだ！」
　ある日、東京の本社の方針に腹を立てた社長が大きな椅子にもたれかかったまま、自分のデスクの前に座る私に毒づいた。(中略)
「世の中の大半のことは、真っ白や真っ黒じゃなくて、グレーエリアにありますよね。それを無理に白黒に分けるのは危険だから、あえてハッキリさせないんですよ。極端に走らず、常に妥協点を探るのが理性的な対応だと思いますけど……」(中略)
「グレーエリアがあることぐらい、私だってわかってるよ」
　社長は私の胸中を見抜いているようだった。
「そうじゃなくて、私が言っている白黒ハッキリさせるっていうのは、あえて自分の立ち位置を明確にして、リスクを取る覚悟を示すことなんだよ」
　彼の諭すような言葉に、私は口を閉ざすしかなかった。心当たりがたくさんあったのだ。

■5.日本企業は圧倒的に議論が不足している

　儲かる、儲からない、売上が計画に届く、届かない、といった数字の議論には日々熱心なのだが、馴染みのない新しい技術の可能性を探ったり、新興勢力の影響を予測したり、物事の本質を探ったりする議論は不足していた。少し厳しい言い方をすれば、正誤がハッキリした安易な議論には熱心なのだが、意見の対立を生んだり、当事者の見識が問われたり、組織が目を背けている問題にあえて焦点を当てたりする議論を、無自覚のうちに避けてきたのだ。
　とはいえ、本質的な議論の不足は結果に過ぎない。会議の冒頭に、「実りのある議論をしましょう」とお願いしたところで、問題は解決しないし、ましてや日本企業は復活しない。改めるべきは、議論を阻害している真の原因なのだ。

【感想】

◆冒頭で触れたように、本書の著者の桂さんと私は、ほぼ同世代（桂さんの方がちょい年上ですが）であり、当時の電機産業は、そこそこ人気の業界でした（お給料は安いですが）。

そこからいつのまにか、世界の潮流においていかれ、中国・台湾勢にもたちうちできなくなっていく過程が、本書では現場目線で描かれています。

さて、桂さんが新卒で最初に入社したのは、当時としてはほぼ唯一の記録媒体であったカセットテープの最大手であるTDK。

私も中学入ってから大学卒業するまで、ほぼほぼカセットテープのお世話になった記憶が。

何せ当時は、レコードを買ったりレンタル店で借りたりして、カセットにダビングして聴くのがお約束でしたし、FMの番組でアルバム丸ごとかける番組等あって、それをエアチェック（死語）したものでした。

◆そこに現れたのが、CD-R。

カセット時代は、「ノーマル」「ハイポジション」「メタル」等の格付けがあり、実際材料の違いによって、音質の違いが聴いてわかりました。

ところがデジタルであるCD-Rだと、グレードの概念がありませんから、この時点で、上記ポイントの1番目の「三高信仰」が崩れてしまいます。

さらにCD-Rは、台湾市場で地元製のCD-Rが、TDKより3,4割安い値段で出回り始めました。

この件につき、営業責任者から問われた製造部の代表は「台湾？　心配いらないよ」と断言。

「CD-Rを作るのは、すごく難しいんだよ。台湾メーカーには、簡単には真似できないから。奴らには、ちゃんとした品質のモノなんて作れないよ」

しかし実際は、生産開始からわずか5年ほどで台湾は全世界を席巻し、生産シェアを7割以上に高めたのでした。

そのあたりの経緯については、上記ポイントの2番目でも触れておりますのでご確認を。

◆加えて、電機産業を直撃したのが、「インターネット」と「円高」。

前者は何となく感覚的に分かりますが、後者はここまでドラスティックな変化があったのかと、今さらながらビックリしました。

なんでも、桂さんのお父さんがいたシャープでは、「円高が1円進むと年換算で50億円以上の為替差損が発生」したとのこと。

結果、輸出産業は大打撃を受け、余裕がなくなります。

すると行われるのが、上記ポイントの3番目にある「選択と集中」。

しかし、GEさながらにリストラや資源の集中を行う先には、「画期的な商品やサービス」は生まれえません。

確かに「選択と集中」の真っ最中に、「遊び心」なんて持ちようがないですもんね……。

◆また、上記ポイントの4番目にあるように、日本人は全般的にリスクを取るのが苦手です。

もっともこれは、遺伝子レベルでそうらしいので、簡単には改善できないとは思いますが。

いつも「不安」であることが日本人の宝物だ | 電子デバイス産業新聞（旧半導体産業新聞）

つまり、セロトニントランスポーターという脳内の神経伝達物質は気持ちを安定させてくれるものであるが、日本人はこの物質について世界で一番密度が低いというのだ。日本人の97％がセロトニントランスポーターの数が少ないわけであり、要するに日本人はひたすら不安になりやすい民族なのだ。

こうした諸問題を踏まえて、本書の最終章では、桂さんからさまざまな提案がなされています。

たとえば上記ポイントの5番目の「議論」もそうですし、さらには、ダイバーシティを欠いているのは、どこの企業も同じようなものでしょう。

結局、当時の「失敗」の延長線上に「苦境にあえぐ現在の日本」があるわけですから、本書を読んで気づきを得たいもの。

「良薬口に苦し」とはよく言ったものです。

「失敗の本質」を地で行く1冊！