2023年03月13日
【脳とスキル】『体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』伊藤亜紗
体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 (文春e-book)
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、現在開催中である「文藝春秋 大規模ポイント還元キャンペーン」の中でも個人的に読みたかった1冊。「脳ネタ」や「スキルアップ」がお好きな方なら、楽しめること必至の作品です。
アマゾンの内容紹介から一部引用。
「できなかったことができる」って何だろう?
技能習得のメカニズムからリハビリへの応用まで――
・「あ、こういうことか」意識の外で演奏ができてしまう領域とは
・なぜ桑田真澄選手は投球フォームが違っても結果は同じなのか
・環境に介入して体を「だます」“農業的”テクノロジーの面白さ
・脳波でしっぽを動かす――未知の学習に必要な体性感覚
・「セルフとアザーのグレーゾーン」で生まれるもの ……etc.
中古がほとんど値下がりしていませんから、このKindle版が800円以上お買い得です!
Allen Institute for Brain Science / Lavender Dreamer
【ポイント】
■1.できた経験がない動作をイメージさせる「エクソスケルトン」繰り返しになりますが、ある動作が無駄なくできるためには、自分が行おうとしている動作のイメージが明確になっている必要があります。他方で、一度も成功したことのない動作は、成功したことがない以上、動作のイメージがありません。できるためにはイメージが必要だけど、できないからイメージがない。「できない」→「できる」のジャンプを起こすためには、このパラドクスを超えて、「イメージがなかったけどできた」という偶然が成立する必要があります。
まさにこのジャンプを可能にするのが、エクソスケルトンです。古屋さんの仮説によれば、成功までの道筋の見当がつかないところに、エクソスケルトンがゴールを設定してくれる。エクソスケルトンは、意識と関係なく指を動かすことによって、意識することのできない動作、つまりイメージすることのできない領域へと、私たちの体を連れ出してくれます。そのことによって、自分ではできない動作のイメージを与えてくれるのです。
■2.「レールにボールを置くだけ」
「インターナルフォーカス」とは、運動するときに体を意識して直接コントロールしようとするやり方です。(中略)
これに対して「エクスターナルフォーカス」は、体ではなく環境や道具に意識を向けます。「あの棒と棒のあいだを狙って投げよう」「右足で地面を押そう」。体ではなく外部のターゲットに意識を向け、その問いを体に「勝手に解かせる」やり方です。
言うまでもなく、桑田はエクスターナルフォーカスタイプのアスリートです。「あそこにボールを入れよう」という外部のゴールに対する意識が強く、体の動きに関するチェックポイント的なものはあるとしても、体を細かくコントロールしようとする意識は希薄です。(中略)
柏野さんはあるとき、ボールは時間的にコントロールしているのか、空間的にコントロールしているのか、桑田にたずねたことがあったそうです。その答えは、彼らしい驚くべきものでした。曰く「レールがあるから、そのどこかにボールを置くだけなんです」。
体に解かせているから、それはある種の自動化された動きに感じられる。それがこの「レールにボールを置くだけ」という表現に結実したのでしょう。
■3.スローモーションで練習できるVR「スピンポン」
スローモーションそれ自体は、現実空間の練習でもしばしば用いられます。「スイングはこうじゃなくてこう」などとコーチがゆっくりと手本を見せ、そのとおり練習させる、というようなケースです。しかし、この場合はリアルタイムではありません。スローモーションでボールを飛ばせば動きは変わってしまいますし、実践からは遠ざかることになる。運動の渦中でのコーチングができるのは、ボールの動きを遅くできるVR空間の中だけです。
このスローモーション環境で練習を繰り返したのち、現実空間のスピードに戻ると、確かに、できなかったことができるようになっています。小池さんが見せてくれた動画の中では、最初はスピンボールをまったく打ち返せなかった人が、VR空間で数分練習したあとで、首尾よく球を打ち返すことができるようになる様子が収められていました。
■4.報酬系と罰系の学習の違い
報酬系の学習が、教師なしの状況下で「成功体験を焼きつける」ことで進むのに対し、罰系の学習は、まったく異なる性格をもっています。その背後にある脳のメカニズムが、罰系と報酬系ではまったく異なっているからです。(中略)
重要なのは、小脳が、運動の調整だけでなく記憶をつかさどる場所でもあることです。つまり、罰系で学習すると、学習したことが長いあいだ定着しやすいのです。数年ぶりに泳いでも泳ぎ方を忘れていなかったり、ふいに自転車にまたがっても乗ることができたりするのは、筋肉の細かい動きを記憶するこうした小脳の働きが背景にあります。
つまり、報酬系は、「あ、こっちでいいんだ!」という感覚を介して試行錯誤をスピードアップさせるのは得意だけど、定着の度合いは低い。しばらく時間を置いてやると、完全にではないとしても、忘れてしまっていることが多いと言います。それに対して、罰系による学習は、学習の速度を高めるものではないけど、学習後にそれが長く残りやすいのです。
■5.音声入力にささやき声を活かす
音声で話す以外に、ウィスパーボイスでも話す。この二刀流がもし当たり前になるとすれば、それはひとつの体を二通りに使うということになるだろう、と暦本さんは言います。そして、それは人間がもともともっている能力を引き出すことになるのではないか、と。我々ってウィスパーと普通をしゃべり分ける能力をもった人間なわけですよ。それってシフトキーみたいなもので。だからモードに使えるんじゃないかと思っています。たとえば音声認識でgoogleのドキュメントに音声入力するときに、コマンドだけウィスパーボイスで「delete」とか入れると文字が消えるようにすれば、完全にハンズフリーで音声入力ができます。我々がこの二つを使い分ける能力をもったら、普通の声とウィスパーボイスでアバター二人を使い分けるようなことになるんじゃないかって思っていて。会話は普通の声ありの会話なんですけど、ウィスパーボイスでしゃべるとそこだけコンピュータに話を振り向けることができる、みたいな。これは能力獲得でなく能力拡張ですよね。
【感想】
◆冒頭の内容紹介では割愛しましたが、本書のコンテンツは、著者の伊藤さんが、5人の科学者/エンジニアにお話を聞きに行って構成されています。具体的には以下の5人で、上記ポイントは各章からそれぞれ1つずつ抜き出した次第。
古屋晋一(ソニーコンピュータサイエンス研究所)、まず第1章の古屋さんは、科学者であると同時にピアニストでもあるという変わり種です。
柏野牧夫(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)、
小池英樹(東京工業大学)、
牛場潤一(慶應義塾大学)、
暦本純一(東京大学大学院)
上記ポイントの1番目に登場する「エクソスケルトン」なるものは、形状はまるで「大リーグボール養成ギブス」のようですが、実際には真逆で、特定の演奏者のプレイを記録しておき、その指の動きを装着者に再現させるというもの。
実際にこれを体験した古屋さんのお子さんは、自分では速いスピードでできなかったとある動きについて「あ、こういうことか」と感想をもらしたのだそうです。
まさに「体に先を越された意識のありよう」を的確に表現する言葉かと。
◆続く第2章では、NTTコミュニケーションの柏野さんが、元巨人の桑田真澄さん(なぜか本書では研究対象の方に敬称がないのですが)を分析されています。
投手としての桑田さんといえば、マシンのようなピッチングフォームをイメージしますが、実際はほぼ正反対で「ブレまくっていた」のだとか。
1球目と30球目の画像を重ねてみると、「放っている」と「倒れている」くらい異なっています。ちなみに投げる際には「同じフォームで30回投げて下さい」と言われており、桑田さんも「そのつもりで投げていた」とのこと。
ところが、フォームがブレまくっていたにもかかわらず、「計測時の投球の結果、つまり球が飛んで行った先では、それはきちんとキャッチャーが構えたところに届いていた」のだそうです。
これこそ、上記ポイントの2番目にあるように、桑田さんが「エクスターナルフォーカスタイプ」に他ならないから。
「レールにボールを置くだけ」という表現も、さもありなん、といったところです。
◆一方第3章の東京工業大学の小池さんは、画像処理で技能獲得を支援するタイプの方。
ただし、研究室内はスポーツジムかゲームセンターのようで、スキーシミュレーターやゴルフスイングのできるブース、撮影用のグリーンバックが設けられた卓球台があるのだそうです。
上記ポイントの3番目の「スピンポン」は、まさにその卓球台を用いたもの。
VRのヘッドセットを装着すると、バーチャル空間の中で飛んでくるボールには、さまざまな情報(回転の方向や、打ち返すべきラケットの向き等)が付加されているのだそうです(表示形式は選択可能)。
さらには上記ポイントにもあるように、スローモーションにすることもできますから、初心者が上達するにはうってつけでしょう。
くわえて、スローモーションができるということは、逆にスピードアップもできますから、上級者がスパルタトレーニングすることも可能です。
……これは実際に一流選手に試して欲しいところですね。
◆また、第4章の慶應義塾の牛場さんのお話は、勉強法オタクとしては、見逃せないものでした。
以前何かの勉強本で読んだ記憶があるのですが、学習は環境依存の要素があり、記憶した「場所」でないと思い出せなかったりする、という研究の元ネタは、牛場さんによると陸上と海中でそれぞれ行ったものなのだとか。
ただ、実際にはそういう極端な違いうんぬんではなくて、「単語帳」で単語を覚えたとしても、その単語帳だけで勉強しない、というような話らしいです。
さらに気になったのが、上記ポイントの4番目の「報酬系」と「罰系」の件。
詳細は本書で確認いただきたいのですが、抜き出した部分を読むと、翌日のみ必要な知識でもない限りは、罰系のやり方で覚えた方が「長期間定着する」以上、優先的に用いるべきなようです。
私自身、200冊以上は勉強本を読んでいますが、過去そういう指摘がなかったので、これは少々驚きました(私の誤解だったら恐縮ですが)。
◆なお、第5章に登場する東大の暦本さんは、以前こちらの本を、当ブログでご紹介したことがありました。
妄想する頭 思考する手 (ノンフィクション単行本)
参考記事:【アイデア】『妄想する頭 思考する手』暦本純一:マインドマップ的読書感想文(2022年03月07日)
この本にあるように、暦本さんは「スマホの画面を指2本で広げたり狭めたりする」技術である「マルチタッチシステムSmartSkin」を考案された方。
他にも、上記記事でご紹介した「カメレオンマスク」もSmartSkinと一緒に、第5章では登場しています。
そこで新たに抜き出したのが、上記ポイントの5番目の「ウィスパーボイス」による、音声入力の二刀流。
例に挙げられた「delete」以外にも、色々と活用の仕方はあると思いますし、まさに「能力拡張」ですね。
人間の能力を拡大する「技術」のお話がここに!
体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 (文春e-book)
プロローグ 「できるようになる」の不思議
第1章 「こうすればうまくいく」の外に連れ出すテクノロジー
第2章 あとは体が解いてくれる
第3章 リアルタイムのコーチング
第4章 意識をオーバーライドするBMI
第5章 セルフとアザーのグレーゾーン
エピローグ 能力主義から「できる」を取り戻す
【関連記事】
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お前らもっと『一流の頭脳』の凄さを知るべき(2018年11月14日)
【編集後記】
◆本日の「Kindle日替わりセール」から。東京大田区・弁当屋のすごい経営 (扶桑社BOOKS新書)
当ブログでご紹介済みの作品(ただし新書化に当たって、「コロナ禍による打撃など2018年以降の事情について」あとがきが追加されたそう)は、Kindle版が500円弱お得。
参考記事:【ビジネスモデル】『日替わり弁当のみで年商70億円スタンフォード大学MBAの教材に 東京大田区・弁当屋のすごい経営』菅原勇一郎:マインドマップ的読書感想文(2020年10月30日)
地球の歩き方 D28 インド 2020-2021
最近よく登場する「地球の歩き方」のインド編は、絶版で中古が高値ですから、Kindle版が2600円弱お得な計算です!
【編集後記2】
◆一昨日の「文藝春秋 大規模ポイント還元キャンペーン」の記事で人気が高かったのは、この辺の作品でした(順不同)。コード・ブレーカー 下 生命科学革命と人類の未来 (文春e-book)
コード・ブレーカー 上 生命科学革命と人類の未来 (文春e-book)
日本史を疑え (文春新書)
体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 (文春e-book)
よろしければご参考まで!
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