【評論】『バカが多いのには理由がある』橘玲:マインドマップ的読書感想文

2022年05月31日

【評論】『バカが多いのには理由がある』橘玲

【本の概要】

◆今日ご紹介するのは、昨日とりあげた「集英社文庫ポイント還元キャンペーン」でも人気の1冊。

当ブログでもおなじみである橘玲さんの、ちょっと辛口の社会評論集です。

アマゾンの内容紹介から。

私たちはみんな、“直感”にとらわれた「バカ」である。日本の急激な“右傾化”も、“正義”を巡る対立も、メディアの“捏造”も、全ては物事を直感で捉える「ファスト思考」という魔物のせいだった!?　嫌韓と反中、憲法改正、ブラック企業、労働問題、テロ、原発問題、ＳＴＡＰ細胞……。政治、経済からワイドショーネタまで、超話題の著者が徹底解説。かなり不愉快、しかし納得の社会評論集！

中古は値崩れしていますが、送料を考えるとKindle版に軍配が上がります！

bailout - it's the homeowners in that are in distress / woodleywonderworks

【ポイント】

■1.ひとは無意識のうちにスロー思考を避けようとする

　すぐに答の出る「速い思考」はわかりやすくて快適です（負荷が低い）。しかし私たちは、おうおうにして直感では解くことのできない問題に遭遇します。二桁の掛け算を暗算するにはファスト思考は役に立たず、スロー思考の回路が必要とされるのです。
　負荷の高い「遅い思考」を、ひとは無意識のうちに避けようとします。その方法は原理的に2つしかありません。
(1)「遅い思考」が必要な問題を無視する
(2)あらゆる問題を「速い思考＝直感」で解こうとする
　二桁の掛け算を前にして「電卓があるんだからどうでもいい」と考えるのが(1)です。掛け算ならそれでも構わないでしょうが、さらに理解が難しい話になると、「そんなことは私の人生になんの関係もない」と問題の存在そのものを否認してしまいます。(中略)
「速い思考」しかできないひとは、「遅い思考」を（自分にとって）不快なものとしてこの世から抹殺しようとするのです。

■2.高金利が貧困の要因？

　貸金業法の改正を推進したのは〝人権派〟の国会議員と弁護士でした。彼らの論理は、高利貸しという悪に制裁を加え、国民に節度のある借金をさせれば多重債務者問題は解決するというものでした。たしかに法改正（と最高裁判決）によって、この世の春を謳歌していた大手消費者金融は経営破綻するか、銀行に吸収されて消滅しました。しかしその一方で自殺者は一向に減らず、経済格差や貧困の問題はより悪化しています。
　これは、考えるまでもなく当たり前の話です。
　家計が苦しくなるひとが増えたから、彼らの資金需要にこたえる金融業者が登場したのであって、金融業者をスケープゴートにしても貧困という根本的な問題が解決するわけはないのです。
　イギリスでは、総量規制はもちろん上限金利すらなくても社会は健全に運営されています。それに対して日本では、いくらまでなら借金していいのかを国家が国民に指導しています。改正貸金業法は、「日本人は金銭の自己管理すらできない愚かな民族だ」と世界に向けて公言しているのです。

■3.労働市場改革が難しいワケ

　ブラック企業問題の本質は、「正社員は過剰に保護されているのだから会社の無理難題を受忍すべし」という日本的な雇用慣行にあります。〝世界標準〟の労働制度は同一労働同一賃金で、正社員と非正規社員の「身分格差」は差別であり、サービス残業は「奴隷労働」と見なされます。
　しかしそうなると、会社は社員の雇用を保障する理由がなくなりますから、金銭による整理解雇を認めるしかありません。労働市場改革があらゆる改革のなかでもっとも困難なのは、日本社会の中心にいるサラリーマンや公務員の既得権を直撃するからです。
　もちろん、正しい解決法が実現不可能だからといって目の前にある問題を見過ごしたりはできません。だからこそひとびとは、バッシングの標的を探すのです。

■4.ゲーム理論で新車をもっとも安く買う方法

　まず、車雑誌やインターネットで調べて、どの車を買うかを、装備も含めてあらかじめすべて決めておきます（ディーラーに相談してはいけません）。
　次に、自分が住む地区のディーラーをできるだけたくさんリストアップします。そのうえで、順番にディーラーに電話をかけ、購入したい車種と装備の詳細を伝え、次のようにいいます。
「この条件でいくらなら売ってくれるのか、あなたの最低価格を教えてください。その価格を次に電話するディーラーに伝えて、すべてのディーラーのなかでもっとも安いところから購入します。なお、購入する場合はその金額にぴったりの現金しか持って行きません」
　これでディーラーは、あなたの情報をなにひとつ知ることができないままに、最低価格を提示するほかなくなります。この戦略はゲーム理論的には完璧なので、ディーラーにあなたと駆け引きする余地はまったくないのです。

■5.運動部特有の「体育会系マネジメント」

　体罰容認派の主張は、「信頼や愛情に裏打ちされた体罰は子どもを成長させる」というものです。女子柔道の代表監督も記者会見で、「選手に乗り越えてほしいという思いから手を上げた」と述べています。私はこれを、日本の社会に典型的な「体育会系マネジメント」だと考えています。
「体育会系マネジメント」の基本は、あらかじめ閉鎖的な社会（ムラ）をつくっておいて、そこに生徒や選手を精神的に「監禁」することです。
　運動部は学校単位なのでバスケを続けたければ体罰に耐えるしかありませんし、代表監督に逆らえば五輪代表はあきらめるほかありません。こうして逃げ場をなくしたうえで、愛情と暴力を交互に与えることで相手を服従させ、支配していくのは洗脳の典型的な手法で、カルト宗教だけでなく、日本では学校や会社でごく当たり前に行なわれています。
「体育会系マネジメント」は、集団を統率するうえできわめて強力な管理手法ですから、その信奉者が現われるのは当然です。運動部やオリンピックチームで体育会系マネジメントが好成績を収めているのなら、「暴力はよくない」と全否定してもなんの効果もありません。

【感想】

◆本書は橘玲さんが、『週刊プレイボーイ誌』にて連載している「そ、そーだったのか!?　真実のニッポン」を再構成し、前後にプロローグとエピローグを加えたもの。

この連載自体は、実際にお読みいただいている方ならご存じのように、その時その時に話題になっている事件や問題を取り上げて、橘さんらしい切り口で論評していくスタイルをとっています。

それがゆえ、旬の話題ですと、連載時にはタイムリーなものの、逆にそれが書籍化され、さらに文庫化された時点だと「あー、そんなこともあったよね」となりかねません。

たとえば冒頭の内容紹介にもあった「STAP細胞」や、あえて（？）名前を伏せている「聴覚障碍の"自称"作曲家」のお話などは、私自身、半分忘れかけていました。

それでも当時から現在にかけて、未だ改善されていない問題も多々あり、今回はそれらを中心にセレクトしてみた次第です。

◆まず上記ポイントの1番目は、本書のプロローグからであり、タイトルにもある「バカ」に通じるもの。

実はこの引用部分の前に、「次の計算を暗算でやってみてください」ということで、「17×24」という二桁の掛け算の問題が提示されています。

もちろん、頭の中に筆算の式を描いてもいいんですが、私は以前知ったこのやり方で対処している次第。

小1息子が二桁の掛け算を暗算で解くのでやり方を聞いたところ、なんと中学レベルの考え方で理解していた「一瞬で解けるやん」 - Togetter

「12×12」みたいなゾロ目は覚えてたけど、息子君のおかげで「14×13」や「14×17」も暗算でできるようになったよ！ありがとう✨ / “小1息子が二桁の掛け算を暗算で解くのでやり方を聞いたところ、なんと中学レベルの考え方で理解していた「一瞬で解けるやん」” https://t.co/XAOjjKMuGq
— smooth＠"風さん推し"書評系ブロガー (@smoothfoxxx) November 11, 2021

また引用部分の後には、「ある高名な女流作家」が「二次方程式などは社会へ出て何の役にも立たないので、このようなものは追放すべきだ」等々述べ、その人の旦那さんの「教育課程審議会の会長」が削除を主張した結果、中学課程では「二次方程式の解の公式」は必修でなくなったこともあったのだそう（現在はゆとり教育批判で復活）。

……先日の三角関数の件といい、どうしてお偉いさんは、自分の基準で物事を考えてしまうのか。

◆さて、第1章は上記でも触れているように「政治」がテーマです。

しかしこれがまた、下手に引用すると炎上しそうなテーマ（「集団的自衛権」「嫌韓・反中」等々）が多々あり、かつ、当時と今とで異なっているとさらに話がややこしくなりそうなので、まとめて割愛しました（すいません）。

代わりに抜き出したのが、上記ポイントの2番目の金利のお話です。

イギリスに上限金利がないことは知りませんでしたが、そのイギリスの自殺率が日本の1/4ほどであるとなると、確かに金利はあまり関係ないような。

もっとも、イスラム世界のように金利自体を禁止しているところもあるんですけどね。

さらには元々の根源である「貧困」自体がなくならないと、自殺も防げないわけなのですが。

◆続く第2章のテーマは「経済」です。

そこで引用したのが、上記ポイントの3番目にある「ブラック企業」の問題。

ここにもあるように、日本の会社は終身雇用と引き換えに、正社員に対して「絶対的な権力」を持っています。

　日本の裁判所は、解雇については労働者の味方ですが、転勤や配置転換などを不服とした訴えにはきわめて厳しい態度で臨みます。「生活の面倒を見てもらっているのだから、多少理不尽なことをされてもガマンしなさい」というわけです。

従って、最低賃金や有給休暇など、法に定められた最低限の労働条件を満たしていれば、会社は正社員に対してどんな無理な要求をしても許されという……。

同じく上記ポイントの4番目の「新車をもっとも安く買う方法」も、この第2章からのもの。

「ゲーム理論」のキモは、自分の情報を与えず、相手の情報だけを手に入れることなのですが、なるほど、上記の方法なら、それが実現できますね。

ただ、この章で「ゲーム理論」が出てきたのは、もとはといえば「相互確証破壊」の解説としてだったのですが、正直、今のロシア相手だと、それが通用するのか否か不安なのですが。

◆そして第3章の「社会」から抜き出したのが、上記ポイントの5番目の「体罰」のお話。

ただし、この点に関しては、連載当時より現在はかなりセンシティブになっていると思います。

といっても、表ざたになるまでは、その「悪しき伝統」は脈々と続いているワケで、つい最近の「秀岳館高校サッカー部体罰事件」はもちろん、ちょっと前にも「日大アメフト部暴行事件」なんてのもありました。

また、「体罰」ではないものの、「パワハラ」もどきなマネジメントは、普通にあるみたいですし。

娘のブラック部活の退部をすすめると部員から不在着信20件以上が来た話…その対処がよさそう - Togetter

本書ではこうした問題の対策として、「すべての学校の運動部を廃止して、Jリーグの下部組織のように地域のクラブが担うようにする」ことを提言しているのですが、それはそれでハードルは非常に高そうです。

そもそも運動部がその学校の存在意義みたいな学校もかなりありそうですしね。

ただ、大昔に比べると、隠蔽されていたものがSNS等でカジュアルに表沙汰になりやすくなったのは、良い傾向なのかもしれませんが。

日本の問題点を改めて意識せざるを得ない1冊です！