2020年07月09日
【英語】『ぼくは翻訳についてこう考えています〜柴田元幸の意見100』柴田元幸
ぼくは翻訳についてこう考えています〜柴田元幸の意見100
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、本日最終日となる「Kindle小説・文芸フェア」でも人気だった、翻訳家・柴田元幸さんの発言集。昨日の前日ランキングでは、上記セールの2位ということで、慌てて読んでみた次第です。
アマゾンの内容紹介から。
翻訳家・柴田元幸が、翻訳に対する考え方や自身の翻訳手法について述べた、とっておきの100の言葉(と、なぜか本人のボケツッコミ)を集めた一冊。東京大学での翻訳の授業や、講演、対談、インタビューなど、さまざまなシーンのシバタセンセイが登場します。
中古に送料を加算するとほぼ定価並みとなりますから、このKindle版が今日中であれば900円以上お買い得となります!
Google Translate / jonrussell
【ポイント】
■1.原文の「快感の源」をうまく伝える世の中では「誤訳」ということをよく問題にし、正しい翻訳と誤った翻訳があると考えられがちだが、極論すれば あらゆる 翻訳は誤訳である。すべてを伝えた、正しい翻訳などありえないことはすでに述べたことから明らかだろう。いわゆる英文和訳レベルでの正確さもむろん翻訳における重要な要素だが、決して最優先事項ではない。訳者が原文を読んだときに感じたような快感が伝わるような訳文になっていなければ、いくら正確でも意味はない。たとえばその快感は、ユーモアから生まれていたり、恐怖感から生まれていたり、厳密な論理性から生まれていたりするかもしれない。そのような「快感の源」がうまく伝わっていなければ、その訳文は一見正確でも、本当の意味で正確ではないというべきだろう。
■2.コロン「:」とセミコロン「;」の訳し方
まず、英語における「:」(コロン)と「;」(セミコロン)の基本的な違いは覚えてくださいね。最初の段落の終わりにI turned my gaze aside; I no longer dared look anyone in the faceのセミコロンがありますよね。ここからわかるように、セミコロンというのは、カンマとピリオドの間くらいだと思えばいいですね。ちょっと一呼吸あける感じ。
それに対してコロンというのは、「すなわち」「具体的には」というはっきりした意味があります。この場合〔The vegetable vendor raised her face: she was my grandmother.〕顔をあげた結果、具体的にどういうことがわかったかというと、「まさに私の祖母だった」という事実。
■3.漢語と和語のせめぎ合い
漢語と和語のせめぎ合いという問題は、現代の翻訳でも、少なくとも英語の翻訳に関する限り変わっていません。英語は主に2つの言語から成り立っていて、ブリテン島でもともと使われていたシンプルなアングロサクソン語がまずあって、そこに征服民族のラテン語、フランス語が入ってくる。たとえば、「得る」はアングロサクソン系の英語だとgetですが、ラテン語起源の語ではobtainとかacquireなどがある。この対比は、大和言葉と漢語の対比とほぼ同じだと思います。だから、英語から翻訳する時に、getやhaveだったら「得る」「持つ」ですが、acquireだったら「獲得する」、possessだったら「所有する」と訳し分ける。もちろん文脈でいくらでも変わってきますが、そういう原則はしっかりあるべきです。
■4.文末を見ずに訳す
調子が乗っているときは、長いセンテンスは文末まで見ずに訳していきますね。5〜6行もあるような長いセンテンスを後ろから訳していくと、だいたいろくなことがないので、少なくともブロックごとには、英語と同じ順番にしていきます。後ろのものを前に持ってこないとうまくいかないとわかれば、その時点で書き直せばいいんです。ともかく、長いセンテンスは、終わりまで見る必要はない。気持ちがすでに作品に入り込んでいて、先のトーンもある程度わかっているときは、そんな感じです。英語の1センテンスに日本語の1センテンスが対応するというのではなく、1行1行の「流れ」を再現していくイメージです。
■5.村上春樹の翻訳本チェックをする
こういう翻訳ができたらいいなあ、となんとなく憧れていたのは、藤本和子さんと村上春樹さん。藤本和子さんが訳したリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』を読んで、初めて翻訳本で文章自体が素晴らしいと思いました。今でも尊敬しています。
村上春樹さんの翻訳も、藤本さんの影響を受けていると思います。村上さん本人も言っていますし、読めば一目瞭然です。
そのうちに、人づてで村上さんの翻訳チェックの仕事をするようになったんですが、これはもう最高にラッキーでしたね。村上さんは日本語が達者だし、小説の空気をつかむ力も素晴らしいんですが、受験英語的な文法とかがちょっと怪しいんですよね(笑)。そういうのをチェックするのが僕の仕事です。で、チェックするわけだから、当然じっくり訳文を読む。それで、「ああ、こういうふうに訳せばいいのか」とかちゃっかり学習するわけ。お金をもらって、翻訳の勉強をさせてもらったようなものです。
【感想】
◆まず本書の構成について言及を。冒頭で「発言集」と申し上げましたが、実際本書は、著者の柴田さんの過去30年(!?)における「書籍、雑誌、ウェブサイト、ラジオ番組、講演他」といった媒体から、その発言を集めたもの。
ただし、これらの「100の意見」は柴田さんが自身でセレクトしたものではなく、アルクの永井薫さんの手によるものだそうですから、厳密には著者は柴田さんとは言い難いのかもしれません。
もっとも、やはり冒頭の引用部分に「本人のボケツッコミ」とあるように、個々の項目のほとんどについて、いちいち柴田さんがコメントを付されていますから、やはり著者は柴田さんでOKでしょう。
とにかくその発言元が、あまりに多くの媒体と30年という長期間にまたがっているため、これらのコメントによって「当時はそうだったけど、今は」ですとか、「ホントはこうだった」のような「本音」も楽しめる仕様となっている次第です。
◆まず第1章では、柴田さん流の「翻訳論」が登場。
上記ポイントの1番目はこの第1章からで、極論を言えば「すべての翻訳は誤訳」というのが、柴田さんのお考えです。
とはいえ、文法的な正しさもさることながら、「訳者が原文を読んだときに感じたような快感が伝わるような訳文になっていなければ、いくら正確でも意味はない」というのは、ちと目指すところが高すぎる気も。
かといって、たまに見かける「超訳」という名の意訳も、いかがなものかとは思いますが。
ちなみに他の部分で触れられていたのですが、一般的に「原文に対するリスペクトは欧米の翻訳者よりも日本の翻訳者の方が強い」ため、「英語の原文には忠実だけど日本語としては不自然というケースがどうしても多くなる」のだそうです。
◆続く第2章では、実際に柴田さんの翻訳手法を解説。
上記ポイントの2番目の「コロンとセミコロンの訳し方」というのは、私は素で知りませんでしたよ(恥)。
……なんとなく句点「。」と読点「、」みたいな関係かと思ってたら、全然違っていたの巻w
さらにこの章では他にも、私たちにも役立つ翻訳のコツがいくつもありました。
たとえば「begin」とか「start」といった単語は、私たちは「始める」としがちですが、ここは「出す」の方が自然なことが多いとのこと(「泣き始める」→「泣き出す」等)。
また「never」を「決して」と訳すことはほとんどないのだそうです(知らなんだ)。
◆一方、その次の第3章も、第2章に続いて翻訳手法について言及。
第2章との分け方の違いが今1つわからないのですが、より細かいお話である印象を受けました。
たとえば上記ポイントの3番目の「漢語と和語の使い分け」なども、言われてみれば「なるほど」と思ったものの、今まで意識したこともなく。
ほかにも「fair」という単語は、日本語だと雇用関係や権力関係のような関係性において「公正」と考えるべきところ、英語だとそれらを上から見るような「超越的な視点」から見て「正当」と理解する必要があるのだそうです。
……単純に和訳した字面だけなら間違っていなくとも、本質的な理解をするためには、こうした知識も必要なんですね。
◆また、第4章から抜き出した上記ポイントの4番目の「訳す順番」のお話は、和訳の際に悩むところの1つ。
ただ、この辺は豊富な経験に基づいてなさっているのでしょうから、そのまま鵜呑みにはできないかもしれません。
そして1つ飛んだ第6章では、上記ポイントの5番目で触れられているような、村上春樹さんとのお仕事のネタだけで1章を費やしています。
村上春樹さんに関しては、私は大学時代に初期の3部作を読んで、その後しばらく経ってから『ノルウェーの森』を読んだ程度なのですが、逆にファンの方ならこの章は見逃せないでしょう!
さらには、最後の第7章では「ぼくから若い人たちへのメッセージ」と題した番外編では、翻訳以外のお言葉も収録!
英語ネタがお好きな方なら、一読の価値アリ!
ぼくは翻訳についてこう考えています〜柴田元幸の意見100
第1章 ぼくが考える翻訳とは
第2章 ぼくの翻訳手法その1
第3章 ぼくの翻訳手法その2
第4章 ぼくが考える翻訳という仕事
第5章 ぼくの翻訳の教え方
第6章 ぼくと村上春樹さんとのお仕事
第7章 番外編 ぼくから若い人たちへのメッセージ
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【編集後記】
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