2018年11月01日
【思考法】『プロ弁護士の「勝つ技法」』矢部正秋
プロ弁護士の「勝つ技法」 (PHP新書)
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、先日の「未読本・気になる本」の記事でも人気だった1冊。著者の矢部正秋さんは、ビジネス取引、国際取引を主に扱う弁護士であり、本書でも国内外に渡って活躍されたエピソードが登場しています。
アマゾンの内容紹介から一部引用。
多国籍企業を顧客とするプロ弁護士が、情報の入手から判断、決断、行動まで、ビジネスと私生活を守るために知っておくべき「技法」を伝授。混沌とした現代社会を生き抜くうえで必須の物の見方、考え方がここにある。
なお、送料を加算した中古よりは、Kindle版の方がお買い得です!
Courtroom 1 / ictyphotos
【ポイント】
■1.「すでに始まった未来」のシグナルを読む3つの心得(1)物事には必ず予兆があると知る破局は突然来るわけではなく、静かに忍び寄る。大事件の前には、必ず小さな前ぶれがある。注意深く読めば、今の現実の中に未来のシグナルが埋め込まれているのが分かる。(2)予兆は曖昧に現れる危機は小刻みに、ゆっくりとやってくる。シグナルはかすかで曖昧。目を凝らしても、読み取るのは難しい。おそらく誰にもはっきりとは見えない。(3)切実な思いを持って初めて未来が顕れてくる
だが、はっきり分かったときはもう遅い。だから、確信が持てなくとも、「分からないから何もしない」ではなく、「分からなくとも準備はする」。対策を取る。そうすれば、結果的には予測したのと同じことになる。未来は万人に見えるわけではない。見ようとする一握りの人にしか見えない。他人事ではシグナルは読めない。切実な問題意識、切迫感を持ってこそ見える。
■2.全体像を描く3つの思考法
われわれの思考法には、3つのタイプがある。(1)密着型。気になるのは、日本人の思考パターンが、ほとんど密着型であること。われわれは対象にのめり込む癖があり、全体を俯瞰するのが苦手である。(中略)
対象に密着して見る。細部はよく見えるが、近づきすぎると全体像は見えなくなる。
(2)半身型。
対象から離れて観察する。細部も全体像も見えるが、どちらもほどほどの見え方である。
(3)俯瞰型。
対象を高所から見渡す。全体像ははっきりするが、細部は見落としやすい。
日本人はきめこまやかな改善や創意工夫や応用が得意である。だから、かつては優れたモノづくりで世界を席巻した。
他方、細かい点を気にして全体像を見失いがちである。目前の改善に執着して、大きな絵が見えない。
■「隣にいる危ない人」のシグナル
世の中には、精神病質、サイコパス、パラノイア、自己愛患者、人格障害者など、さまざまな「危ない人」が一定比率でいる。これが社会の一断面である。世の中はそれほど安全な場所ではないと知っておくと、世の中を渡る役に立つ。(中略)
わたしなりにまとめた、特に危ない人の特徴は以下の通りである。(1)目にケンがある、目つきが異様。
(2)怒りを制御できず、すぐ粗暴な言動に出る。
(3)被害妄想的な言動が多い。
(4)自尊心・自己愛が異常に強い。
(5)他人への思いやり、優しさが欠ける。
(6)(隠れた)劣等感が強い。
■4.「予想外の事態」を取り込む
道行く凡人は「荷馬が暴れるはずはない」と思い込み、東郷をバカにした。
だが、東郷は別の視点を持ち込んだ。(1)馬が暴れる危険性。その危険性は低い。彼は瞬時にこの3点を比較考量し、回り道をしたのである。きわめて合理的である。(中略)
(2)暴れた場合の被害の程度。大きい。大怪我をするかもしれない。
(3)危険を避けるための手間暇。回り道をすれば簡単である。コストもかからない。
東郷は凡人が気づかないリスクに気づき、回避行動を取った。リスクが低くても被害が深刻なら対策を取る。武人だからこそ、小さな判断ミスも重大な結果を招くと知っていた。凡人はリスクが低いと思い込むだけで、何の対策もしない。
このアプローチの違いは大きい。
■5.「期間限定の値引き」という選択肢
ある程度の値引きはしてメリハリはつける。しかし、不況は長引くかもしれない。ずるずると何年も値引きを続けたくない。ランチをとりながら考えて続けているうちに、よいアイディアが浮かんだ。
「期間限定の15%引き」である。
15%ならかなりインパクトがある。期間は1年で切れるが、各年度末に顧客の要請がある場合に限り、最大2回更新する。最長3年である。われながら面白いアイディアである。
ことさら計算機を取り出して計算しながら提案した。予想通り、相手は喜んだ。「ほかの事務所に頼んでいる仕事を矢部さんに回して迷惑にならないようにする」などという。もちろんリップサービスで期待薄。
請求書には「特別値引き額」の注意書きを入れ、あくまで期間限定の特別措置であることを明らかにした。結局、値引きは3年間続いた。しかし、そこで終わったし、更新のたびに貸しを作ることができた。不況下ではそんなに悪い取引ではなかった。
【感想】
◆今まで弁護士さんの書いた本というと、ほとんどが「交渉術」の本でしたが、本書は少々異なる仕様。どちらかというと、「思考法」に近いものでした。
著者の矢部さんいわく、「判断の誤りを避け、最善解に至る方法を見つける」ためには、6つの視点に立つと良いのだそう。
具体的には、下記目次にある6つであり、それぞれについて矢部さんのお考えと、その事例が紹介されています。
実際、矢部さんは弁護士さんだけあって、ご自身が扱った案件のお話が豊富に収録されていたのですが、ボリュームの関係で泣く泣く割愛した次第。
……上記ポイントの5番目のように、クライアントからの値引きのお話くらいしか、具体例は載せられなかったのですが。
◆さて、その視点の1は「広く深く情報を収集する」ということで、文字通り情報の集め方について。
たとえば、第4次中東戦争の直前には、エジプトで献血の呼びかけが始まったのだとか。
これをただの情報と見るか、意味のある情報と見るかで、対応はまったく変わってきます。
また、身近なお話としては、矢部さんご自身は、あのリーマン・ショックの半年前に異変を察知し、事務所の移転等の大胆な経費削減に取り組んだのだそう(詳細は本書を)。
それを知ってから上記ポイントの1番目を読んで、リーマン・ショックを「すでに始まった未来」と考えると、なるほど、と思わせられますね……。
◆また1つ飛んだ視点の3は「状況の全体を俯瞰する」。
上記ポイントの2番目にもあるように、私たち日本人は、俯瞰が苦手で、ついつい細かい部分について目が行ってしまいます。
さらに、「視点」も自分だけでなく、相手から見ることが重要なことも。
たとえば、空き巣を防ぐには、「被害者の目」で点検するより、「空き巣の目」で点検することがよいのだそう。
同じように、裁判でも「相手の視点」を理解することが必要になってきます。
しかし矢部さんによると、それだけでも不十分で、「二者対立構造から、裁判官を加えた三者対立構造へ視点を転換する必要がある」のだとか。
こうなってくると、もはやメタ視点に他なりません。
◆一方、視点5の「時間軸で将来を見通す」は、ハイライトを引きまくった章でした。
上記ポイントの4番目に登場する「東郷」とは、連合艦隊司令長官だった東郷平八郎氏のことで、ここで挙げられているのは、道を歩いているとき、荷馬がつながれているのを見て、馬を避けるために回り道をした、というエピソードになります。
おそらく多くの方が、「凡人」と同じで東郷氏のことを笑うのでしょうが、この辺の「リスクの大きさ」と「対策のコスト」が意識されていないのだな、と。
また、矢部さんのアトリエは雷が多い地域のため落雷が心配で、パソコンやルーターの電源を抜いて帰っているのだそうです。
というのも、パソコンには膨大なデータ(原稿300万字分等)が入っている反面、電源を抜くのは簡単だから。
すると実際に、周辺地域で雷が落ちた家があって、そこではパソコンも完全にやられたのだとか。
私も、以前からコンセントが抜けてデータが飛ぶのが怖くて、常にノートブックパソコンを使っているのですが、そんなレベルではありませぬ。
◆最後のポイントの5番目は、視点6の「『多彩なオプション』を創り出す」からで、矢部さんの「創り出す選択肢の多さ」を伺わせるものです。
私自身、クライアントの顧問料を値下げしたことがあるのですが、「期間限定」という考え方は取り入れたことがありませんでした。
もっともこれは、リーマン・ショック後のお話で、いずれ景気も回復するであろう見通しがあったからこそできたことで、その会社自体の業績不振だと難しい部分もあるかもしれません。
ただ、いずれにせよ本書を通して読むと、矢部さんの考えの深さや思考法の多彩さには学ぶところが多かったです。
……その矢部さんが、現状の政策について触れられた部分で、リーマン・ショック前に感じた不安以上のものを今感じてらっしゃる、というのが恐いのですが(詳細は本書を)。
より深く考えるチカラを得るために読むべし!
プロ弁護士の「勝つ技法」 (PHP新書)
視点1 広く深く情報を収集する
視点2 情報の真偽を吟味する
視点3 状況の全体を俯瞰する
視点4 人物の本性を見きわめる
視点5 時間軸で将来を見通す
視点6 「多彩なオプション」を創り出す
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【編集後記】
◆本日の「Kindle日替わりセール」から。おそらく当ブログ初登場となる、「ケネディが理想とした偉大な政治家8人の生き様を描いた至高の人生論」。
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ご声援ありがとうございました!
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