2017年08月03日
【犯罪】『入門 犯罪心理学』原田隆之
入門 犯罪心理学 (ちくま新書)
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、今月の月替わりセールの中でも、個人的に気になっていた1冊。「犯罪」に対して持っていた先入観が崩され、「目からウロコ」となりました。
アマゾンの内容紹介から。
近年、犯罪心理学は目覚ましい発展を遂げた。無批判に信奉されてきた精神分析的をはじめ実証性を欠いた方法が淘汰され、過去の犯罪心理学と訣別した。科学的な方法論を適用し、ビッグデータにもとづくメタ分析を行い、認知行動療法等の知見を援用することによって、犯罪の防止や抑制に大きな効果を発揮する。本書は、これまで日本にはほとんど紹介されてこなかった「新しい犯罪心理学」の到達点を総覧する。東京拘置所や国連薬物犯罪事務所などで様々な犯罪者と濃密に関わった経験ももつ著者が、殺人、窃盗、薬物犯罪、性犯罪などが生じるメカニズムを解説し、犯罪者のこころの深奥にせまる。
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Chain Gang / goldberg
【ポイント】
■1.諸外国では薬物事犯は治療が優先されるこのように、覚せい剤をはじめ薬物の密輸や密売は、世界中のどの国においても重罪であるが、一方、使用に関しては国によって対処が異なっている。実際、先進国の中で、薬物使用によって刑務所に入る国は日本くらいのものである。なぜなら、ほとんどの国では、刑罰よりも治療が優先されるからである。(中略)
例えば、ヨーロッパ諸国の薬物規制に関する法的枠組みは、わが国とは大きく異なっている。ヨーロッパでも薬物の密輸・密売はどの国でも重罪であるが、個人の「使用」に対しては、刑罰よりも治療を優先して社会復帰をサポートするという「非刑罰化」の立場を取っている国が大半である。
実際のところ、これまでの犯罪心理学研究を見ると、薬物問題への対策として、刑罰には再犯抑止効果がなく、治療、それも社会内での治療が一番効果的であることがわかっている。ヨーロッパやアメリカでは、こうした研究知見を基にして「刑罰から治療へ」という流れができ、効果的な治療のためのインフラが整えられている。
■2.殺人事件の加害者は顔見知りがほとんど
しかし、日本の殺人事件を詳細に分析した河合幹雄は、殺人事件のほとんどが家族や友人の間で起きていることを指摘している。最も多いのは、親が子を殺す場合で、全体の34.9%、これだけで3分の1を超えている。そのほか友人知人に殺されたケースが18.9%、配偶者に殺されたケースが11.0%である。面識のない相手に殺されたケースは、11.1%で全体の1割にすぎない。
つまり、殺人事件の被害者の過半数は、身内によって殺されているのである。そして、その次に多いのは、交際相手や友人に殺されるケースである。したがって、身内や友人に自分を殺しそうな人がいない限り、殺人事件の犠牲者になる可能性はきわめて小さいと言ってよい。
■3.犯罪者によく見られる「遅延価値割引傾向」
犯罪者には、言うまでもなくシステム1の働きが目立ち、遅延価値割引傾向が大きい者が多い。簡単に言えば、「将来のことはどうでもよい」という思考形式のことである。それを端的に物語るエピソードは、刑務所の中では事欠かない。
例えば、受刑者の中には定期的に健康診断を受けていたり、バランスのよい食生活を送ったりしている者はほとんどいないため、生活習慣病の罹患率が非常に高い。虫歯を放置している者も驚くほど多い。 (中略)
また、ニュースなどで、殺人犯が被害者の遺体や凶器を人目につきそうな場所に遺棄していることを知り、不思議に思ったことはないだろうか。周到な計画や後始末をするのは、犯罪小説の中だけの話であり、現実の殺人犯は、そんなことはしない。見付からないと安易に考えて、事件に及ぶのであるし、遺体や凶器を遺棄するのである。
■4.性犯罪者の認知の歪み
また、性犯罪者には特有の認知のゆがみがあると指摘されている。例えば、女性に対するゆがんだ認識や信念が犯罪に結び付くことが多い。
私はかつて、痴漢常習者に対する意識調査を刑務所内で行ったことがある。その中で「痴漢をされて女性がじっとしているのは、嫌がっていないからだと思うか」という問いに、「はい」と答えた者の割合は56%であった。また、「痴漢をされても平気な女性はどれくらいいると思うか」という問いでは、「2割から3割はいる」が19%、「3割から4割」6%、「5割以上」が6%という回答で、「2割以上」をまとめると31%であった。
つまり、痴漢常習者の認知として、「痴漢をされても女性がじっとしているのは嫌がっていない証拠」ととらえる者が6割弱、「世の中で痴漢をされても平気な女性は2割以上いる」ととらえる者が3割いるのである。
■5.効果のない犯罪対策
これまで行われた研究によって、いくつかの対策が、犯罪抑止に関して効果がない、あるいはエビデンスがないということがわかっている。
例えば、「健全な身体に健全な魂が宿る」式の身体鍛錬は、犯罪抑止効果がない。
また、日本ではあまり行われていないが、アメリカでは「スケアードストレート」という非行対策がある。非行少年を成人の重罪刑務所に連れて行き、受刑者(実はサクラ)が彼らを脅しつけて怖がらせ、反省を促すというものである。アメリカには多くの「業者」がいて、こうしたプログラムを司法当局に販売しているのだが、残念ながらこのプログラムは、非行抑止どころか非行を助長してしまう「効果」があることがわかった。
性犯罪対策としては、性犯罪者に刑務所出所後、電子機器を装着させてGPSによって監視するという対策がある。これはわが国でも一部の自治体の首長が導入を主張したことがある。しかし、多大な経費がかかる割には、この対策には再犯を抑止する効果はない。
【感想】
◆日頃取り扱わないテーマなこともあってか、冒頭で述べたように「目からウロコ」の連続で、ハイライトを引きまくりました。でも私だけでなく、読者の皆さんも「犯罪」について、「先入観」というか、一定の「常識」をお持ちなのではないか、と。
たとえば本書の「はじめに」では、「世間的によく言われている犯罪に関する事実」として、以下のようなものを列挙していますが、この中でどれが正しいかお分かりになりますか?
・少年事件の凶悪化が進んでいる。実は、これらはいずれも「科学的な裏付けがなく、事実ではない」とのこと。
・日本の治安は悪化している。
・性犯罪の再犯率は高い。
・厳罰化は犯罪の抑制に効果がある。
・貧困や精神障害は犯罪の原因である。
・虐待をされた子どもは非行に走りやすい。
・薬物がやめられないのは、意志が弱いからだ。
本書はこうした「神話」から一線を画して、あくまで科学的に展開されていきます。
◆まず、上記ポイントの1番目の「薬物事犯」についてですが、そもそも欧米諸国が「治療優先」とは知りませんでした。
この点、どうも我が国は、上記に挙げた「厳罰化は犯罪の抑制に効果がある」という考えが強い気がしてなりません。
もちろん、厳罰化によって「割に合わない」と考えて思いとどまる人も多いのでしょうが、上記ポイントの3番目にあるように「将来のことはどうでもよい」と思っている人には、どこまで抑止力があるのやら。
「見付からないと安易に考える」ようなら、「自分は捕まらない」と思い込んでいても不思議ではありません。
以前、「遺体の入ったゴミ袋に、自分の病院の診察券を入れていた」殺人犯がいましたが、こういうヤカラは、何も考えていない模様。
◆また、上記ポイントの4番目の「認知の歪み」にもビックリです。
「痴漢をされて女性がじっとしているのは、嫌がっていないからだ」と考えていたら、それは痴漢行為に及んでしまいますよね(「してもいい」とは言ってません!)。
実は強姦犯人も「女性のほうも喜んでいた」「多くの女性は強姦願望を持っている」といったゆがんだ認知を持っているのだそう。
性犯罪以外でも、「他人の何気ない言動を、自分に対する悪意と受け取ってしまう」という「敵意帰属バイアス」があると、衝動的な事件に発展しかねません。
たとえば、著者の原田さんが「バカじゃないの殺人」と名付けた犯罪は、その典型です。
これは、単に居酒屋で隣のテーブルで飲んでいたサラリーマンの1人が、仲間に対して「バカじゃないの」と大声で言ったのを、自分が言われていると勝手に思って激昂しケンカになり、挙句の果てに持っていたナイフで刺し殺してしまったというもの。
そもそも赤の他人にいきなり「バカ」という人はいないのですが、認知がゆがんでいる人にとっては、通常では考えられない受け止め方をするようです。
◆ただ、一番怖いのは「共感性の欠如」でしょうか。
「犯罪は割に合わない」という判断以前に、私たちが犯罪を行わないのは「悪いことをするのはいやだ」「気分が悪い」といった情緒的な部分があります。
ところがある種の犯罪者には、こうした傾向が一切ないとのこと。
したがって、こうした犯罪者は「反省しろと言われても、反省できない」のだそうです。
本書の第1章の冒頭では、宅間 守が起こした「附属池田小事件」についての描写がある(結構読んでて辛くなりました)のですが、彼などはまさに「共感性の欠如」に当てはまるかと。
附属池田小事件 - Wikipedia
世の中で起きている犯罪を少しでも理解するために読むべし!
入門 犯罪心理学 (ちくま新書)
第1章 事件
第2章 わが国における犯罪の現状
第3章 犯罪心理学の進展
第4章 新しい犯罪心理学
第5章 犯罪者のアセスメントと治療
第6章 犯罪者治療の実際
第7章 エビデンスに基づいた犯罪対策
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【編集後記】
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