2017年07月30日
【行動経済学の誕生】『かくて行動経済学は生まれり』マイケル・ルイス
かくて行動経済学は生まれり
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、今月初旬の「未読本・気になる本」の記事にて人気だった1冊。おなじみ『マネー・ボール』の著者であるマイケル・ルイスが、行動経済学の生みの親とも言えるダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの足どりを追った力作です。
アマゾンの内容紹介から。
データ分析を武器に、貧乏球団を常勝軍団に作り変えたオークランド・アスレチックスGMを描いた『マネー・ボール』は、スポーツ界やビジネス界に「データ革命」を巻き起こした。
刊行後、同書には数多くの反響が寄せられたが、その中である1つの批判的な書評が著者の目に止まった。
「専門家の判断がなぜ彼らの頭の中で歪められてしまうのか。それは何年も前に2人の心理学者によって既に説明されている。それをこの著者は知らないのか」
この指摘に衝撃を受けたマイケル・ルイスは、その2人のユダヤ人心理学者、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの足跡を追いはじめた――。
単行本が400ページ超であるのに加え、中古に送料を足すとほぼ定価並みのお値段ですから、Kindle版がオススメです!
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【ポイント】
■1.エイモス・トヴェルスキーの人となりプリンストン高等研究所の哲学者アヴィシャイ・マルガリートはこう言う。「どんな話題でも、エイモスが最初に思いつくことは上位10%に入っていた。これは驚くべき才能だ。どんな知的な問題に対しても、最初から非常に明晰で深い反応をするのには度肝を抜かれた。どんな議論でも、すぐにその中心になってしまうようだった」。南カリフォルニア大学の心理学者アーヴィン・ビーダーマンに言わせると「彼は、見た目は目立たない。部屋に30人の人がいたら、彼には最後まで気づかないだろう。だが、そこで彼が話し始める。すると誰でも、彼はこれまで会った中でいちばん頭がいい人間だと感じる」。
■2.「ダニエル・カーネマン」という教師のカテゴリー
そしてアヴィはへブライ大学の大学院に進んだ。1年目の終わり、学生たちの意見を聞いて回っていたへブライ大学心理学部長がアヴィに個人的に尋ねた。「教師たちのことをどう思う?」
「まあまあです」とアヴィは答えた。
「まあまあ?」と学部長。「まあまあ? なぜその程度なのかね?」
「べールシェバにいたとき、1人の先生がいて……」アヴィはそう話し始めた。
学部長はすぐに事情を察した。「ああ、ダニエル・カーネマンと比べたらだめだ。他の教師がかわいそうだ。ダニエル・カーネマンという教師のカテゴリーがあるんだ。ふつうの教師をカーネマンと比べてはいけない。他の人と比べて、いいとか悪いとか言うのはいい。でもカーネマンとはだめだ」
■3.奇妙な友情で結ばれた2人の天才
ダニエルは子どものときホロコーストを経験した。エイモスは自信満々のサブラ(生粋のイスラエル人を表すスラング)だった。ダニエルは常に自分は間違っていると思っていた。エイモスは常に自分は正しいと思っていた。エイモスはどのパーティーに行っても主役になる。ダニエルはそもそもパーティーに行かない。(中略)
エイモスは不合理な議論を一撃で論破する。ダニエルは不合理な議論を聞くと「それはどんなことに当てはまるんだい?」と尋ねる。(中略)
「彼らはまったく違うタイプだった」とへブライ大学の同僚のある教授は言う。「ダニエルはいつも人を喜ばせようとしていた。怒りっぽくて短気だが、人を喜ばせるのが好きなんだ。一方のエイモスはなぜ人を喜ばせようとしなくちゃいけないのか、理解できないようだった。礼儀は理解できるが、他人を喜ばせるなんて、なぜそんなことをする必要があるのかと思っていたのだろう」
■4.人の判断はその表現によって左右される
肺がんがわかりやすい例となった。1980年代、肺がんの治療には、それぞれに欠点のある2つの選択肢があった。手術と放射線療法だ。手術をしたほうが長生きできる可能性は高いが、その手術で死ぬ可能性もわずかにある。そこで、手術が成功する可能性は90%と告げると、82%の患者が手術を選ぶ。しかし手術で死ぬ可能性が10%あると説明すると(もちろん同じ確率の表現を変えただけだ)、手術を選ぶ人の割合は54%まで下がってしまう。
生死に関わる決断は、確率そのものではなく、それがどう説明されたか、その表現によって左右される。そしてそれは患者だけではない。医者もそうなのだ。エイモスとともに研究をしたことで自分の仕事への見方が変わったと、ソックスは言う。
■5.人は効用を最大にするのではなく、後悔を最小にしようとする
不幸な人は違うことをしていたら幸せになったかもしれないと想像するが、幸せな人は不幸な状況を想像して思い悩んだりしない。人は後悔を避けようとするのと同じだけのエネルギーを、他の感情を避けるために使おうとはしない。
人が意思決定を行うときは効用を最大にするのではなく、後悔を最小にしようとするのだ。新しい理論の出発点として、これはいけそうだと思えた。エイモスに人生で大きな決断をどうやってするか尋ねると、彼はよく、何かを選んだとき、どんなことを後悔しそうか想像し、いちばん後悔が少なそうなものを選ぶと言っていた。一方ダ二エルは、後悔する例を具体的に考えていた。ダニエルは飛行機の予約を変えようとはしない。たとえ変えたほうがずっと楽になるとしても、変更して災害に巻き込まれたら、ひどく後悔すると思うからだ。
【感想】
◆当ブログでは「行動経済学」に関する本を、それこそ10冊以上ご紹介してきましたから、私自身もダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの名前は知っていました。しかしそれは、あの有名な「プロスペクト理論」の提唱者ということであって、彼ら自身については、ほぼまったく何も知らず。
とりわけトヴェルスキーについては、Wikipediaでもこの程度しか載っていないワケでして……。
エイモス・トベルスキー - Wikipedia
パッと見、論文も2つしかなく、その片方がカーネマンとの「プロスペクト理論」ですから、それだけ見たら、カーネマンがメインでトヴェルスキーがサブのようですが、それは大間違い。
そもそもカーネマンのWikipediaに掲載されている論文のうち、8つがトヴェルスキーとの連名なのに、なぜトヴェルスキーのページには載っていないのか、という。
◆実際本書を読む限り、2人のうちどちらが中心だったかという議論は無意味に感じました。
どちらが言い出したかはあるにせよ、2人でそれをブラッシュアップしていくことによって完成した、と考えるのが自然かと。
それに上記ポイントの1番目や2番目にあるように、彼らはどちらも「まぎれもない天才」でした。
キリがないので割愛していますが、それこそ2人の天才ぶりを示すエピソードには事欠きません。
ただし、上記ポイントの3番目にあるように、2人の性格はまったく異なり、2人のいたヘブライ大学の学生たちは、どうしてこれほど違う彼らがいつも一緒にいたのか、不思議に思っていたとのこと。
実際2人はとても仲が良かったようで、カーネマンは朝型、トヴェルスキーは夜型でしたが、2人同時に起きている時間はたいてい一緒にいたのだそうです。
◆ところが彼らの理論が世間に知れ渡るにつれ、彼ら自身への評価が二分。
トヴェルスキーがアメリカの大学で引く手あまた(ハーバードとスタンフォードの争奪戦へ)になるのに対して、カーネマンはハーバードとスタンフォードには無視され、バンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学へ勤めることになります。
正直な話、本書を読んでも2人にそこまで差がつくとは思えなかったのですが、上記ポイントの3番目にあるように「どのパーティーに行っても主役になる」トヴェルスキーの方が、優秀に見えたのかもしれません。
いずれにせよ、この物理的な距離が、2人の心の距離をも広めていくことに繋がってしまった模様。
たとえば2人で話していたときに、カーネマンがトヴェルスキーに「スタンフォードに来て何が変わったか」を尋ねたところ、「周りが一流ばかり」だとトヴェルスキーは何気に口にします。
しかしこれを聞いたカーネマンは、いずれトヴェルスキーが優越感から彼を憐み、それに自分は傷つくだろうと思ったという……。
◆やがて2人は別々に活動するようになるのですが、彼らの理論に対する批判に反論するため、再び共闘します。
ただし、基本的にトヴェルスキーは上記のように「不合理な議論を一撃で論破する」タイプであるのに対して、カーネマンは「対立は避けたい」タイプ。
2人で新たに書いた論文は、カーネマンに言わせると「エイモス(トヴェルスキー)が戦いに使う新しい武器」のようであり、苦しんだカーネマンはうつ状態になってしまいます。
また、10年近く前にトヴェルスキーが会員となっている全米科学アカデミーの新会員リストに、その年にも載っていなかったカーネマンは、トヴェルスキーに「なぜ推薦してくれないのか」と詰問。
そしてトヴェルスキーに「友だちならそんな態度はとらない」と言われたカーネマンは、「もう友だちでさえない」と告げます。
ところがその3日後、カーネマンはトヴェルスキーから「ガンで余命6か月」と知らされ……(続きは本書を)。
◆某アマゾンレビューで批判されているように、本書はとにかく長いです。
本文だけでも400ページを超えるため、私も日々レビューする本と並行して読んでいたら、2週間以上かかってしまいました。
ただし、行動経済学がお好きな方なら、「あの理論がどのように生まれたのか」等を知りえる点で、楽しめると思われ。
また、著者のマイケル・ルイスとカーネマンの関係も初めて知ったと言いますか、もしマイケル・ルイスのアドバイスなかったら、あの『ファスト&スロー』も完成していなかった可能性があったようです。
ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 文庫 (上)(下)セット
……私もこの2冊、買ったきりで積読なんで、いいかげん読まなくては(反省)。
まさに「かくて行動経済学は生まれり」を知りうる1冊!
かくて行動経済学は生まれり
序 章 見落としていた物語
第1章 専門家はなぜ判断を誤るのか?
第2章 ダニエル・カーネマンは信用しない
第3章 エイモス・トヴェルスキーは発見する
第4章 無意識の世界を可視化する
第5章 直感は間違える
第6章 脳は記憶にだまされる
第7章 人はストーリーを求める
第8章 まず医療の現場が注目した
第9章 そして経済学も
第10章 説明のしかたで選択は変わる
第11章 終わりの始まり
第12章 最後の共同研究
終 章 そして行動経済学は生まれた
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「行動経済学」友野典男(著)(2006年07月20日)
【編集後記】
◆本書と同じ文芸春秋さんの作品ということで、本日の「Kindle日替わりセール」から。「南京事件」を調査せよ (文春e-book)
事件モノに定評のある清水潔さんの作品なのですが、テーマがテーマだけに賛否両論。
ただし「69%OFF」という激安設定のため、Kindle版が実質800円以上お買い得です。
【編集後記2】
◆上記の関連記事でご紹介していたこの本が、現在「夏休み、社会科学特集キャンペーン」のおかげで激安状態でした。不合理 誰もがまぬがれない思考の罠100
今日の作品に登場する「認知バイアス」がわんさか登場する1冊。
単行本が絶版らしく、中古が2200円近くするため、Kindle版が実質1600円弱お得な計算です。
ご声援ありがとうございました!
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