2016年04月07日
【野球】『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』トラヴィス・ソーチック
ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、以前HONZさんの記事を見て気になっていたスポーツノンフィクション。映画化もされた『マネー・ボール』で有名になった「セイバーメトリクス」ですが、昨今は「ビッグデータ」を活用することで、さらに高度な「データ野球」を展開しているようです。
アマゾンの内容紹介から。
“常識"という難敵に“数学"という武器で挑んだ男たちの物語。
「ほかのチームから見向きもされなかったベテラン選手、多額の契約金で入団したドラフト指名選手、古い教えを受けたコーチ、数学の天才から成る寄せ集めのチームが、個々の能力を合計したよりも大きな力を発揮して、ここまで到達したのだ。彼らは新しい意見、新しい考え方、共同作業を受け入れなければならなかった。それが2013年の彼らの物語であり、彼らの成果だった。」(本文より)
なお、Kindle版のご用意もありますので、こちらもぜひご検討を!
PNC Park - Pittsburgh, PA / dangaken
【ポイント】
■1.極端な守備シフトを敷く数週間に及ぶ調査を経て、フォックスは明確な証拠をスターク、ヒル、ハンティントンに提示し、パイレーツの守備のやり方を変更するように勧めた。彼はパイレーツが極端な守備シフトをもっと採用するように提案したばかりか、ヒルの理論が正しかったことも証明した。すなわち、基本的な守備位置も変えた方がいいということだ。内野手はすべての打者に対して、引っ張った打球が飛ぶ方向に守備位置をずらすべきで、右打者が打席に立った場面では、ショートと三塁手は三塁べースライン寄りに守ることになる。
パイレーツも含めたメジャーリーグのチームは、基本的には何十年にもわたって内野手を伝統的な守備位置に就かせてきた。プロ野球が始まって以来、ずっと変えていなかったと言っても過言ではない。フォックスの提案は、100年間の伝統を捨て、新しいことを始めようというものだった。
■2.際どいコースをストライクにする「ピッチフレーミング」
ターケンコフの発見は驚くべき結果を示していた。まだ不完全ではあったものの、彼が重要な何かに遭遇したことは間違いない。素晴らしい宝物を掘り当てたのだ。ある捕手はほかの捕手と比べてきわどいコースの投球をストライクと判定させる技術に秀でていて、打席の結果を投手に有利な方向へと劇的なまでに変える力を秘めていると証明できたのだから。1990年代および2000年代の前半、捕手の守備は分析官たちによって過小評価されていた。ターケンコフはこう記している。「ことによると、我々はずっと間違っていて、捕手の守備というのは実は非常に重要だったのかもしれない」ほかの分析官たちも同様の試みを行なうようになり、ピッチフレーミングの価値の精度を高めようとした。
■3.ツーシーム・ファストボールでゴロを打たせる
ツーシーム・ファストボールはフォーシームと比べると球速が落ちる。しかし、人差し指と中指が2つのシームに重なるように握るため、ボールのスピンと空気抵抗により下方向と水平方向への動きが生じる。ツーシームの方がバットの芯でとらえることが難しいため、ゴロになる比率が高くなる。
単にボールの握り方を変えるだけで、一部の投手は打球の特徴を変えることができる。このことは以前から知られてはいたものの、PITCHf/xはそれがいかに大きな変化なのかをデータからはっきりと実証した。そのため、ある投手がより多くのゴロを打たせ、しかもバックを守る内野手がデータに基づいた守備位置に就いていれば、理論的には被安打数も失点も減らせることになる。
■4.内角攻めでゴロを打たせる
フォックスとフィッツジェラルドは内角攻めに関するコーチからの質問を調査し、2013年のシーズンが始まる前に、内角攻めは打者に対して実際に心理的な効果があり、それによってさらにゴロの数が増えるため、戦術の補強になることを発見した。内角を攻められた後、打者は同じ打席で外角のボールを引っ張ってゴロを打つ傾向が強いことを、数字は示していたのだ。内角を攻められた後の打者は、外角のボールに対して積極的に踏み込もうとしなくなる。こうして、コーチたちは内角に投げさせるために必要なデータを手に入れることができた。あとは投手たちが作戦を実行してくれるかどうかだ。
■5.外野手は足が速い選手を
ガヨはバットを振ることのできる足の速い選手を常に探してきた。1990年代から2000年代前半にかけてのステロイド時代には、長打力が高く評価され、スピードと運動能力の価値は下がった。各チームは体格のいい打者を揃え、相手に打ち勝つことだけを考えていた。今では「薬局は閉店した」というのが、ガヨの好む言い方だ。2004年に禁止薬物に対する検査が導入されて以降、スピードと運動能力の重要性が増した。しかし、2013年のシーズンを迎えても、守備の価値はまだ完全には理解されておらず、したがって過小評価されていた。外野手の守備範囲や打球の落下地点まで効率的に走る能力への判断は、主観的な、目で見た証拠に基づいて下される部分が大きかった。ガヨが求めていたのは、このような過小評価されている選手だった。
【感想】
◆そもそもパイレーツが、なぜこのような「ビッグデータを活用した手法」を採用したかと言うと、本書のサブタイトルにもあるように、長年負け越しが続いて財政的にも厳しく、有力な選手を獲得できない、という事情がありました。そこで最低限の資金で勝ち星を増やすために球団が採ったのが、上記ポイントにあるような「常識外」の作戦の数々です。
まず、今まで特定の打者に対して用いることがあった「極端な守備シフト」。
日本では「王シフト」が有名ですけど、あちらにも「テッド・ウィリアム・シフト」と呼ばれていた、打者が引っ張る方向(左打者なら1塁側)に野手を集めるシフトを敷こうとします。
……と言葉で書くと簡単ですけど、これがまたひと苦労で、投手にしてみれば打ち取ったつもりが、通常の定位置に野手がいないことでヒットになるとショックが増大。
まずは下部のマイナーリーグで試してみて、効果を確認してからいよいよメジャーでも取り入れるワケです。
◆とはいえ、どんなに「ビッグデータ的に適切な位置」に野手を配置しても、その頭を越えられてしまっては意味がありません(特にホームラン)。
そこでパイレーツが目指したのが、徹底的にゴロを打たせること。
具体的には上記ポイントの3番目にある、「ツーシーム・ファストボール」を投手に投げさせます。
……なんだかWikipediaに載ってる画像が、フォーシームのような気がするので、Naverまとめをご紹介しますが。
変化球 ツームがすごい - NAVER まとめ
お馴染みダルビッシュ選手が、そのツーシーム・ファストボールを投げている動画がこちら。
先頭のシーンとか、見事に打者にゴロを打たせていますねw
また、ツーシームだけでなく、「内角攻め」が有効なことは、上記ポイントの4番目にもある通りです(ただし死球が多くなり、その結果、パイレーツの打者が報復されることもあったそうですが)。
◆なお、上で述べてきたような戦法は、他チームもデータを調べればすぐ分かること。
実際、長年負け越していたパイレーツが、急に勝ち始めたことで、守備シフトやツーシームを他球団も採用し始めます。
ただし、データでは一見分かりにくいのが、上記ポイントの2番目の「ピッチフレーミング」でした。
具体的にどう「ボールくさい投球をストライクに見せる」かは、本書でご確認頂くとして、パイレーツがなけなしの資金で獲得したのが、前年度「打率2割1分1厘」の捕手、ラッセル・マーティン。
当然、ファンやマスコミからは非難轟轟となるのですが、その頃はパイレーツの首脳陣を除いては、まだ誰も、マーティンの「隠れた技術」に気が付いていませんでした。
実は、マーティンと契約したことによって、パイレーツは1シーズン当たり40点近くチーム力が向上したことになったという……。
◆なお、冒頭でご紹介したHONZさんの記事は、本書の巻末の解説をそのまま掲載したもの。
さすがにスポーツライターの生島 淳さんが書かれただけあって、本書の魅力を余すことなく伝えてくれています。
補足するとするなら、本書のエピローグにあった他球団の動向等で、上記でも触れたように、まず守備シフトやツーシームは、さっそく模倣されたとのこと。
また、ピッチフレーミングも広く知られるようになったため、今やピッチフレーミングに優れ、そこそこ打てる捕手は、多額の年棒で契約するようになっています。
さらに『マネーボール』のアスレチックスでは、GMのジェリー・ビーンが、ツーシーム対策として、「フライ性の打球が多い打者」を揃えはじめたのだとか!?
これにより、2013年のアスレチックスの打者は、打球のうちのフライの割合が60%を記録し、2番目の球団の割合である39%を大きく上回ったのだそう。
……野球の進化恐るべし!
知的興奮がかきたてられる1冊です!
ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法
第1章 話し合い
第2章 過去の亡霊
第3章 データの裏付け
第4章 隠れた価値
第5章 前進あるのみ
第6章 守備シフトによる挑戦
第7章 消耗
第8章 金を生み出す方法
第9章 選ばれなかったオールスター
第10章 地理的な問題
第11章 投手の育成と負傷の予防
第12章 魔法の演出
エピローグ 季節は巡りて
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【編集後記】
◆本書の中で、パイレーツが地区シリーズ進出をかけた一発勝負のワイルドカードゲームで、ホーム開催権を賭けてレッズと戦うお話があります。ここで、パイレーツもレッズも、お互いホームゲームでの勝率が、ロードでの勝率を大きく上回っているため、是が非でも勝とうとするのですが、そこで紹介されているのがこの本。
オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く
レビューは上記関連記事にて。
なぜホームチームが有利なのかは、この本に詳しく載っており、こういう形でもスポーツが分析されているのだな、と改めた思った次第です。
ご声援ありがとうございました!
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