2011年08月03日
【神話の終焉】『大震災の後で人生について語るということ』橘 玲
大震災の後で人生について語るということ
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、お馴染み橘玲さんの最新刊。本書は装丁からして重々しい感じですが、その内容は震災というリスクよりも、それによって露呈した、日本人固有のリスクについて、橘さんらしい筆致で描いてらっしゃいます。
アマゾンの内容紹介から。
黒い鳥が舞う日本を生き抜く新しいルール!不動産・会社・円・国家……日本人の人生設計を支配してきた「神話」がすべて失われ、底知れない不安に覆われた残酷な世界を生きるための「新しい設計図」とは?震災後の日本で生活していくために、是非お読み頂きたい1冊です!
いつも応援ありがとうございます!
【ポイント】
■1.「見えない大災害」によって増加した自殺国際的な自殺率の比較を見ると、日本の自殺率(10万人当たりの自殺者数)が25.8(09年)なのに対し、アメリカの自殺率は11.0(05年)、イギリスは6.4(07年)で、主要先進国のなかではその高さは群を抜いています。(中略)
東日本大震災の死者・行方不明者は3万人余とされています。98年以降、自殺者はそれ以前と比べ年間で8000人以上増えていますから、金融危機というブラックスワンによって引き起こされた「見えない大災害」で、現在に至るまで累計で10万人を超える死者が出ていることになります。
あらためていうまでもなく、これは驚くべき数字です。
■2.「持ち家の方が得」はまやかし
日本の「不動産神話」は90年に終わっており、それ以降、マイホームを買ったひとはひたすら損をしつづけてきたのです。
地価が右肩上がりで上昇しているときは、不動産を買えば儲かるのですから、「なぜマイホームなのか」を説明する必要などありませんでした。ところがバブル崩壊(これも典型的なブラックスワンです)で不動産投資のリスクが顕在化したことで、これまでの論理が使えなくなりました。そこで、投資リスクのまったく異なる持ち家と賃貸を単純に比較し、「家賃を払うくらいなら家を買ったほうが得」というまやかしのセールストークが登場してきたのです。
■3.不動産業界の人たちが賃貸物件に住む理由
月額家賃30万円で家を借りていると聞けば、だれもがもったいないと思うでしょう。しかしこの物件の市場価格が1億円だとすれば利回りは年3.6パーセント(360万円÷1億円)で、実質利回りの平均(5パーセント)を大きく下回っています。これが高額の賃貸物件に住む資産家がいる理由で、彼らは割安な不動産物件を借り、資金をより利回りの高い(正確にはリスク/リターン比の高い)収益機会に投じたほうが有利だということを知っているのです(不動産業界のひとたちが賃貸物件に住んでいる理由もここから説明できます)。
■4.金利の上限を下げても自殺は止まらない
イギリスには、上限金利の規制がありません。貸金業者はどのような金利をつけるのも自由で、短期資金を融通する業者は1日1パーセント程度の貸出金利を設定しています。これを複利で年利換算すると約2700パーセント。日本の上限金利は金額に応じて年15〜20パーセントですから、とてつもない暴利ということになります。
市民派の主張するように、高い金利が自殺の原因になるのなら、イギリスでは日本よりはるかに多くの自殺者が出るはすです。ところがイギリスの自殺率(6.4)は日本(25.8)の4分の1しかありません。上限金利と自殺に因果関係があるとするならば、金利を引き下げるのではなく、イギリスのように上限金利を撤廃して、すべての金融業者を法の管理の下に置くべきなのです(上限金利規制がなくなれば、闇金は存在しなくなります)。
■5.将来債務を時価会計すると、日本はすでに債務超過状態
少子高齢化を運命づけられた日本国は、将来に対してものすごい額の借金を背負っています。経済学者の小黒一正は、暗黙の債務(将来発生することがわかっている社会保障債務)を加えると日本国はすでに1430兆円の債務超過になっているといいます(計算の詳細は『2020年、日本が破綻する日』<日本経済新聞出版社>)。それに対して担保となる個人金融純資産は1100兆円しかないのですから、時価評価したバランスシートでは、ニッポンはすでに立派な債務超過なのです。
■6.リスクを避ける選択がリスクを極大化した
ここでもういちど、日本人は世界でもっともリスクを嫌う国民だという調査結果を思い出してください。
リスクを回避し、安定した人生を送るために、私たちは偏差値の高い大学に人って大きな会社に就職することを目指し、住宅ローンを組んでマイホームを買い、株や外貨には手を出さずひたすら円を貯め込み、老後の生活は国に頼ることを選んできたのです。しかし皮肉なことに、こうしたリスクを避ける選択がすべて、いまではリスクを極大化することになってしまいました。
■7.会社ではなく仕事に自分の人的資本を集中する
そもそも「適職」などというものは、実際に仕事をしてみなければわかりません。そう考えれば、自分のキャリアをひとつの会社に限定するのではなく、転職を前提として、もっとも得意なこと(向いていること)を探すほうがずっと効率的です。そしていったん「適職」を決めたならば、会社ではなくその仕事に自分の人的資本のすべてを投入すべきです。それによって業界や消費者のあいだで高い評判を獲得できれば、それがあなたの"スペシャル"になるはずです。
【感想】
◆順番は先頭ではないのですが、結局本書で主張されていることは、上記ポイントの6番目でまとめられています。「不動産神話」「会社神話」「円神話」「国家神話」を信じてきたがために、今となっては、にっちもさっちもいかなくなっている私たち日本人。
ただ、かつては、それぞれが最適解だったわけです。
実際、私の会社員時代にも、不動産投資で儲けていた人や、都内の自宅マンションを高く売って、郊外に豪華な一軒家を建てた人が何人かいました。
当時は、その会社(一応一部上場)の基盤がゆらぐとは考えもしませんでしたし、ましてや整理解雇が行われるようになるとは、ついぞや思わず。
私も「いずれは、結婚してマイホームを構えて……」と漠然と考えていたのでした。
◆その後、私が税理士になってから出会ったのが、橘さんのこの作品。
お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門
あまりに「身も蓋もない」(いい意味で)お話に、かなりの衝撃を受けたことを、今でも覚えていますし、この本との出会いによって、私自身、家は「賃貸派」に宗派替えしたくらい。
その時点でもまだ「国家神話」は信じていましたが、徐々に明らかになった年金制度の破たん等で、その神話も怪しくなり、そこにダメを押したのが、今回の震災。
時価会計なら個人資産を加えても債務超過だというのに、いったいどこに、復興財源があるんだ、という……。
◆それぞれのリスクに対してどうすべきか、については、基本的には今までと「逆張り」をすれば良いのですが、詳細は本書にて。
もっとも、ベースとなる考え方は、従来の橘さんの作品をそれなりに読んでいれば、想定内だと思います。
特に第6章は、タイトルからして「伽藍からバザールへ」と、以前ご紹介した『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』の中心的なテーマですし、『貧乏はお金持ち』に出てくる「マイクロ法人」も、「人的資本のリスクを分散する」手法として登場。
この2冊を読んでなくとも普通に読み進められますが、併せて読んでおくと、理解が深まるかと(いずれも紹介記事は、下記関連記事にあります)。
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する (講談社プラスアルファ文庫)
◆そして本書の過去の著作との顕著な違いは、第8章で「日本への提言」があること。
橘さんの作風は、「常に前提条件下において、合理的な解を出すこと」(と私は思ってます)なのに、珍しいな、と思っていたら、あとがきでもその件について言及がありました。
曰く、「これが日本にとって最後の機会だから」。
ここまで思いつめた橘さんというのも珍しいですし、それだけ思うところがあったのではないでしょうか。
ファンでなくとも日本人なら読んでおきたい1冊です!
大震災の後で人生について語るということ
はじめに
PAR1 日本人の人生設計を変えた4つの神話
1 日本を襲った2羽の「ブラックスワン」
2 不動産神話 持ち家は賃貸より得だ
3 会社神話 大きな会社に就職して定年まで勤める
4 円神話 日本人なら円資産を保有するのが安心だ
5 国家神話 定年後は年金で暮らせばいい
PART2 ポスト3.11の人生設計
6 伽藍からバザールへ 人的資本のリスクを分散する
7 世界市場投資のすすめ 金融資本を分散する
番外編 なぜふつうのおぱさんが億万長者になるのか?
8 大震災の後で人生を語るということ
おわりに
【関連記事】
【問題作?!】『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲(2010年10月01日)【黄金の羽根】『貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』橘 玲(2009年06月08日)
「臆病者のための株入門」橘 玲(著)(2006年05月01日)
【Amazonキャンペーン有】『徹底網羅! お金儲けのトリセツ』水野俊哉(2010年10月24日)
【ヤバ本?】「ヘッテルとフエーテル 本当に残酷なマネー版グリム童話」その他お金関係の本(2009年11月28日)
【編集後記】
◆本書の中で登場したこの本。リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書)
なかなか面白そうなので、時間を作って読んでみたいです。
ご声援ありがとうございました!
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