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2018年01月15日

【お笑い】『1989年のテレビっ子』戸部田誠(てれびのスキマ)


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1989年のテレビっ子


【本の概要】

◆今日ご紹介するのは、今月の「Kindle月替わりセール」の中でも、読みたかった1冊。

Kindle版だとなぜかサブタイトル(「たけし、さんま、タモリ、加トケン、紳助、とんねるず、ウンナン、ダウンタウン、その他多くの芸人とテレビマン、そして11歳の僕の青春記」)が表示されていないので、内容的にテレビ全般のような印象を受けますが、実際にはほぼすべて「お笑い」に関して掘り下げられた作品です。

アマゾンの内容紹介から。
『オレたちひょうきん族』が終わり『ガキの使いやあらへんで!!』が始まり、『ザ・ベストテン』が『みなさんのおかげです』に追い落とされた年。そんな“平成バラエティ番組”の礎が築かれた、1989年。ダウンタウンらお笑い第三世代ほか、多くの芸人とテレビマンのそれぞれの青春時代を膨大な資料から活写した、彼らと僕とあなたの群像劇。

なお、「73%OFF」という激安設定ゆえ、今月中ならばこのKindle版が800円弱お買い得となっています!






【ポイント】

■1.『THE MANZAI』を制したツービート
 ザ・ぼんちが「恋のぼんちシート」をリリースする2日前の1980年12月30日、フジテレビで5回目となる『THE MANZAI』が放送された。
 博品館劇場でのライブを生中継する形で放送されたため、ウケなかった場合も編集されることもない。だから、多くのコンビが手慣れた鉄板ネタで安全策をとった。だが、ツービートだけは違った。
「ツービートはつかみから前半にかけて他の出演者同様、持ちネタを並べてきたが中盤になってから異様なテンションに切り替わる。新ネタだった。CMを突っ込むネタに入ってからは会場は拍手喝采を喚起しツービートの独壇場と化した。観客の反応は素直だった。見かけたことのあるネタではやはり物足りなかったのだ。それはツービートが博品館を一人勝ちし、『THE MANZAI』を初めて制し、ブーム集団の中でトップに立った瞬間となった」


■2.内輪ネタも積極的に取り入れた『ひょうきん族』
 さんまの「洗濯女」など女性関係は格好のネタになった。出演者たちの私生活が次々と暴かれ、彼らのテレビでの顔と素顔が地続きになっていった。スタッフもテレビ画面に登場したし、その笑い声もそのまま放送された。いわゆる「スタッフ笑い」である。今でこそ当たり前になったが、当時スタジオでスタッフが声を出すなんていうのはタブーだった。だが、あまりにもおもしろくて思わず声を上げて笑ってしまった音が入った編集前のVTRを見て、佐藤はおばさんたちの「笑い屋」を使うよりも「ああ、これでいいんじゃないか」と思い、そのまま使った。「スタッフ笑い」の"発明"である。これにより、作り手も一緒に楽しんで作っているということも伝える効果も生んだ。そしてそれはスタジオとお茶の間も地続きであるというような錯覚を与えることになった。これまでテレビカメラが撮ってはいけないとされていた、楽屋裏の人間関係や人間模様が映し出されるようになっていったのだ。


■3.『欽ドン!』、『全員集合』に勝つ
 萩本の意識も変わった。『欽ドン!』が始まる前年、萩本は胆石の手術で入院した。それまで多忙でまともにテレビを見れていなかったが、初めてじっくり『全員集合』を見た。そのとき、どうして『世界は笑う』が『全員集合』に負けたのが分かった。
「いかりや長介さんたちはさ、1週間、たっぷりと番組の企画を考え、きちんとリハーサルをして本番にのぞむのね。だからおもしろいの」 
 だが、『世界は笑う』のとき、番組のプランを2〜3時間程度しか考えていなかった。それでは勝てるわけがないのだ。だから、今度は自らの"頭脳"となるパジャマ党を総動員し、番組を丹念に作り上げた。  
 そしてわずか半年で『欽ドン!』は『全員集合』の視聴率を抜き去ったのだ。
「勝ちましたよ!」
 フジテレビの担当者から電話を受けた萩本は言葉が出なかった。出てきたのは涙だけだった。


■4.「暴走」を望まれたとんねるず
 学生服に身を包んだとんねるずはいつものようにスタジオを縦横無尽に暴れ回りながら歌っていた。
 やがて、石橋は自分たちを撮影している一台のテレビカメラに指さしながら向かっていく。そして石橋はカメラに掴みかかると、それを激しく揺らす。その時だった。石橋が足を滑らせ転倒すると、大きなカメラも勢いよく倒れてしまったのだ。
 女子大生の悲鳴が響く中、木梨は呆然と立ち尽くし、「俺、知らねえよ……、お前」とつぶやいた。 (中略)
 約1500万円のカメラは修理不能になり廃棄されることになってしまった。
 しかし、この事件は、逆にとんねるずの「何でもあり」なイメージを確立する結果になった。彼らの"暴走"は若者を中心に熱狂的に支持され、常に猖汁瓩魎待されるようになっていった。だから、スタッフ側からも猖汁瓩鯔召泙譴襪茲Δ砲覆辰拭


■5.物怖じしなかった浜田雅功
 この番組で浜田は先輩だろうが、大御所だろうが、物怖じせずに立ち向かった。
 極めつけは、最終問題。『ガキの使い』チームはトップを争っていた。最後の早押しに勝てば、優勝というときだった。浜田は正解を確信して早押しボタンを押すが、ほんの一瞬早く『知ってるつもり』チームに回答ランプが灯った。
 その瞬間、浜田は鬼の形相になった。そうかと思うと、回答席の台の上に登り、「コラァー!」と叫びながら、うんこ座り、いわゆるヤンキー座りで威嚇し始めた。回答席にいたのは大御所の関口宏である。その関口に"メンチを切った"のだ。
 さらに早押しは続く。今度は、『SHOW by ショーバイ』チームが押し勝った。すると、今度は「なんじゃオラー!」と隣にいた山城新伍の胸ぐらをつかんだ。
 その光景は、視聴者にも共演者にも強烈なインパクトを与えた。しかも、浜田が正解を確信していた回答が間違っていたというキレイなオチまでついた。


【感想】

◆当初思っていたよりも、広範囲、かつ長期間を対象とした1冊でした。

タイトルにもある「1989年」というのは、番組で言うと、とんねるずの『みなさんのおかげです』の始まったのが1988年、ダウンタウンやウンナンの『夢で逢えたら』スタートが1989年ということで、その辺のお話がメインだと思っていたワケです。

ところが、第3章の「土8戦争」では、上記ポイントの3番目にあるように『欽ドン!』と『全員集合』のライバル争いのお話も収録。

その関係で、そもそもドリフがどのようにして人気を得るようになったか、という1960年代後半時点のエピソードからスタートしています。

たとえばこれ、リアルタイムで観ているのは、50代以上だと思うのですが、小学生低学年(男子)には大人気の「ギャグ」でしたw




◆その後、第1章の『THE MANZAI』や、第2章の『ひょうきん族』を経て、やっと『みなさんのおかげです』や『夢で逢えたら』が登場するという。

さらには、その後に続く、『生ダラ』や『ガキの使い』、さらには『電波少年』辺りの日テレバラエティも、第6章にてカバーしています。

いやもう、正直「お腹いっぱい」。

ある一定時点までの「お笑い」のメインストリームについては、本書を読むだけでかなり知りえることができると思います。

さすがにカバーしていないのが、ドリフ以前や、比較的最近の芸人さん、さらには東京にいるとピンとこない、大阪の舞台状況等々なんですけど、これはもうテーマから外れていますしね。


◆もちろん、上記で登場している芸人さんたちを、皆さんテレビでよく目にする(した)かと。

しかし、彼らの舞台裏までは、あまり気にしたことはないんじゃないでしょうか。

なんとなく「おもしろい」と思ってチャンネルを合わせ、もしくは、なんとなく「つまらない」と感じてチャンネルを変える。

その結果現れる「視聴率」を上げるために、作り手は色々と工夫をこらしたり、なすすべもなく打ち破られる。

そして番組が打ち切られたり、新たに始まったり、数少ないとはいえ延々と続く……。

テレビの裏側では、こうしたさまざまなドラマがあったワケです。


◆それらを知るためには、当事者たちにインタビューする、というのが一番王道なんでしょうけど、著者の戸部田さんは、あえて「公けになっている」エビデンスから、本書を紡いでいます。

それはテレビやラジオはもちろんのこと、雑誌のインタビューや書籍として出版されたもの等々。

これは、以前当ブログでもご紹介した「タモリ本」と同じ手法ですね。

タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?
タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?

参考記事:【タモリの真実?】『タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?』戸部田誠(てれびのスキマ)(2017年06月06日)

結果、各章の終わりに付された注釈とは別に、巻末の引用元が172個(!?)、「引用元以外の参考文献」が50冊ちょっとある次第。


◆ただ、Kindleで読む場合、注釈はクリック1つで該当部分に飛べるからいいのですが、せっかく番号を振ってある引用元には飛べなくて、いちいち目次経由で確認しなくてはならないのは、ちと残念でした。

おかげで、PCで表示した引用元をスマホで撮影して、それ片手に読むハメになったというw

いずれにせよ、単行本だと416ページもある「力作」ですから、読み応えは満点!

いわゆる「お笑いBIG3」はもちろんのこと、未だテレビに出ている芸人さんたちの、過去とその舞台裏を知りえる良書だと思います。


お求めになるなら「73%OFF」である今月中がオススメ!

B01IV04M9K
1989年のテレビっ子
第1章 『THE MANZAI』とマンザイブーム
第2章 ひょうきん族の時代
第3章 土8戦争
第4章 時代を先取るとんねるず
第5章 お笑い第3世代の胎動
第6章 日本テレビの逆襲
第7章 BIG3の1989年
最終章 テレビの嘘と希望


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【編集後記】

◆上記ポイントの4番目にあるとんねるずの「カメラ破壊事件」は、私はたまたまリアルタイムで観ていました。



上記動画は、振り返りなんでまだいいんですけど、リアルタイムで観ていたこっちとしては、真夜中に変な汗が出ましたよw


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Posted by smoothfoxxx at 08:00
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